国際宇宙ステーション搭乗宇宙飛行士の放射線被曝管理指針
第1章 総則
(目的)
第1条
本指針は、宇宙開発事業団が国際宇宙ステーション(以下、「ISS」という。)計画を推進するにあたり、これに必要な宇宙飛行士の放射線被曝管理に関する事項を定め、放射線被曝を適切に管理することを目的とする。
(適用範囲)
第2条
本指針は、「宇宙飛行士審査委員会の設置及び宇宙飛行士の認定について(3達第26号)」に基づき宇宙飛行士として認定を受けている者及びその候補者のうち、ISSに搭乗する、又は搭乗予定の者(以下、「ISS搭乗宇宙飛行士」という。)に対するその選抜から認定取り消し迄のすべての期間における被曝管理に適用する。
(法令等の遵守)
第3条
ISS搭乗宇宙飛行士の被曝管理を行うに当たって、その業務が国又は地方公共団体が定める法律、政令、規則、条例等(以下、「法令等」という。)の対象となる場合は、本指針の規定に加えその法令等に従わなければならない。
(定義)
第4条
本指針において用いる用語の定義は次のとおりとする。
(1) 「実効線量」とは、国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年勧告の放射線荷重係数及び線質係数(宇宙飛行における放射線被曝に限る)、並びに組織荷重係数を用いて計算される実効線量をいう。
(2) 「組織等価線量」とは、国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年勧告の放射線荷重係数及び線質係数(宇宙飛行における放射線被曝に限る)を用いて計算される骨髄、水晶体、皮膚及び精巣の等価線量をいう。
(3) 「線量制限値」とは、生涯実効線量制限値及び組織等価線量制限値をいう。
(4) 「放射線業務」とは、「電離放射線障害防止規則」に規定される放射線業務をいう。
(5) 「ISS飛行」とは、ISS搭乗宇宙飛行士がISSへの滞在のための飛行を開始してから地上に帰還するまでをいう。
(6) 「ISSの放射線環境」とは、ISS飛行中にISS搭乗宇宙飛行士の被曝線量に影響を与えるISS船内及び船外の放射線の強度及びエネルギー等の状態をいう。
(7) 「太陽−地球圏の宇宙環境」とは、ISS搭乗宇宙飛行士の被曝線量に影響を与える太陽表面の現象、地球近傍における宇宙放射線の強度及び地球磁場の強度等の状態をいう。
(細則等の制定)
第5条
宇宙環境利用システム本部は、本指針に定める事項の実施のために必要な事項について、別に定めるものとする。
第2章 組織及び職務
(組織)
別図1 ISS搭乗宇宙飛行士の放射線被曝管理に係る組織
第6条
ISS搭乗宇宙飛行士の放射線被曝管理に係る業務に従事する者に関する組織は、別図1のとおりとする。
(ISS搭乗宇宙飛行士放射線被曝管理責任者等)
第7条
宇宙医学研究開発室長は、ISS搭乗宇宙飛行士放射線被曝管理責任者(以下、「被曝管理責任者」という。)としてISS搭乗宇宙飛行士の放射線被曝管理について総括的な監督を行わなければならない。
第8条
理事長は、被曝管理責任者が疾病その他の事故によりその職務を行うことができない場合は、その期間中その職務を代行させるため、被曝管理責任者の代理者(以下「代理者」という。)を選任しなければならない。
(ISS搭乗宇宙飛行士放射線被曝管理責任者の職務)
第9条
被曝管理責任者は、ISS搭乗宇宙飛行士の放射線被曝管理に関し、次の各号に定める業務を行う。
(1) 本指針及び細則等の制定及び改廃への参画
(2) 選抜及び飛行割当に係る審査への参画
(3) 放射線被曝管理上重要な計画の作成及び見直し
(4) 機器、書類等の監査
(5) 関係者への助言、勧告及び指示
(6) ISS参加各機関及び国内関係機関とのISS搭乗宇宙飛行士の放射線被曝管理に係る重要事項についての連絡及び調整
(7) ISS搭乗宇宙飛行士に対する放射線被曝に係るリスクの説明
(8) 放射線障害発生時及び線量制限値を超えた場合における原因調査
(9) 放射線被曝管理に係る記録の保管
(10) ISS搭乗宇宙飛行士健康管理担当医師及びISS搭乗宇宙飛行士放射線被曝管理担当者の業務の監督
(11) その他放射線被曝管理に関し必要な事項
(代理者の職務)
第10条
代理者は、被曝管理責任者が疾病その他の事故により不在となる期間中、その職務を代行しなければならない。
(ISS搭乗宇宙飛行士健康管理担当医師)
第11条
ISS搭乗宇宙飛行士健康管理担当医師(以下、「担当医師」という。)は、宇宙飛行士の健康管理について必要な知識と経験を有する者の中から、宇宙医学研究開発室長が選任するものとし、ISS搭乗宇宙飛行士の放射線被曝管理に関し、次の各号に定める業務を行う。
(1) 放射線被曝管理に関する健康診断計画の立案及びその推進
(2) (1)に関する記録及びその管理
(3) その他被曝管理責任者が必要と認めた事項
(ISS搭乗宇宙飛行士放射線被曝管理担当者)
第12条
ISS搭乗宇宙飛行士放射線被曝管理担当者(以下、「被曝管理担当者」という。)は、宇宙飛行士の放射線被曝管理について必要な知識と経験を有する者の中から被曝管理責任者が選任するものとし、次の各号に定める業務を行う。
(1) 被曝履歴の調査
(2) 放射線被曝線量の算定
(3) ISS飛行中のISSの放射線環境及び太陽−地球圏の宇宙環境の監視、並びに個人被曝線量の評価
(4) 放射線被曝管理に関する教育及び訓練計画の立案、並びにその推進
(5) ISS参加各機関及び国内関係機関とのISS搭乗宇宙飛行士の放射線被曝管理に係る技術的事項についての連絡及び調整
(6) 上記(1)〜(5)に関する記録及びその管理
(7) その他被曝管理責任者が必要と認めた事項
第3章 線量制限値等
(線量制限値)
第13条
ISS搭乗宇宙飛行士の放射線被曝は、すべての状況において、合理的に達成できるかぎり低く抑えなければならない。
別表1 ISS搭乗宇宙飛行士の生涯実効線量制限値
初めて宇宙飛行を
行った年齢
男性
(mSv)
女性
(mS v)
27〜29歳
600
600
30〜34歳
900
800
35〜39歳
1000
900
40歳以上
1200
1100
ISS搭乗宇宙飛行士の組織等価線量制限値
組織・臓器
1週間(Sv)
1年間(Sv)
生涯(Sv)
骨髄
−
0.5
−
水晶体
0.5
2
5
皮膚
2
7
20
精巣
−
1
−
2 ISS搭乗宇宙飛行士の放射線被曝は、別表1のISS搭乗宇宙飛行士の線量制限値を越えないように努めなければならない。
(線量制限値の対象となる放射線被曝)
第14条
線量制限値は、次の各号に定める放射線被曝を合算したものを対象として適用する。
(1) 宇宙飛行による放射線被曝
(2) 地上における放射線業務による放射線被曝
(3) 航空機による高々度飛行訓練における放射線被曝
(4) ISS搭乗宇宙飛行士に特有の医学検査による放射線被曝
(5) その他、被曝管理責任者が認めた放射線被曝
(緊急作業時における線量制限値)
第15条
ISSに重大な事故が発生し、ISSの維持のため、又はISS搭乗宇宙飛行士の健康障害を防止するために必要な応急の作業(以下「緊急作業」という。)を行うときは、当該緊急作業に従事するISS搭乗宇宙飛行士については、第13条の規定にかかわらず、同条第2項に規定する線量制限値を適用しない。ただし、この場合であっても、放射線被曝はできる限り低く抑えなければならない。
第4章 被曝線量の監視等
(放射線環境等の監視)
第16条
被曝管理担当者は、ISS搭乗宇宙飛行士がISS飛行中は、太陽−地球圏の宇宙環境及びISSの放射線環境を定期的に監視するとともに、次の各号に定める場合には、常時監視しなければならない。
(1) ISS搭乗宇宙飛行士の被曝線量に影響を及ぼすような別に定める太陽−地球圏の宇宙環境の変動があった場合
(2) ISS搭乗宇宙飛行士の被曝線量に影響を及ぼすような別に定めるISSの放射線環境の変動があった場合
(3) ISS搭乗宇宙飛行士が船外活動を行っている場合
(ISS飛行による個人被曝線量の評価)
第17条
被曝管理担当者は、ISS搭乗宇宙飛行士がISS飛行中は、個人被曝線量を定期的に評価するとともに、前条の各号に該当する場合は、別に定める方法により随時評価しなければならない。
2 被曝管理担当者は、ISS搭乗宇宙飛行士が帰還後、個人線量計の測定結果に基づき、別に定める方法によりISS飛行中の個人被曝線量を評価しなければならない。
(ISS飛行以外による個人被曝線量の測定・算定)
第18条
被曝管理担当者は、ISS搭乗宇宙飛行士が地上における放射線業務を行う場合は、関係法令及び当該放射線業務を実施する施設の放射線障害予防規定に則り、個人被曝線量の測定又は算定を行わなければならない。
2 被曝管理担当者は、ISS搭乗宇宙飛行士が航空機による高々度飛行訓練を行った際の個人被曝線量、ISS搭乗宇宙飛行士に特有の医学検査を受けた際の個人被曝線量、及びISS飛行以外の宇宙飛行による個人被曝線量を、別に定める方法により測定又は算定しなければならない。
(報告)
第19条
被曝管理担当者は、第16条から第18条の監視、測定、算定及び評価の結果、ISS搭乗宇宙飛行士が別表1の線量制限値を越えて被曝し、又は被曝したおそれがあると判断した場合は、遅滞なく被曝管理責任者に報告しなければならない。
2 被曝管理担当者は、第16条の監視の結果、ISS飛行中の退避等の措置に関し別に定める場合は、遅滞なく被曝管理責任者に報告しなければならない。
(記録)
第20条
被曝管理担当者は、第16条から第18条の監視、測定、算定及び評価を行った場合は、そのつど、その結果を別に定めるところにより記録しなければならない。
2 被曝管理担当者は、前項の記録を記録のつど被曝管理責任者に提出するとともに、対象ISS搭乗宇宙飛行士に個人被曝線量に係る記録の写しを交付しなければならない。
(記録の保存等)
第21条
被曝管理責任者は、前条第1項の記録のうち、第16条の監視の記録を別に定めるところにより保存しなければならない。
2 被曝管理責任者は、前条第1項の記録のうち、第17条及び第18条の測定、算定及び評価の記録をISS搭乗宇宙飛行士の医学記録の一部として保存しなければならない。
第5章 教育及び訓練
(教育及び訓練)
第22条
被曝管理担当者は、ISS搭乗宇宙飛行士に対し、初めてISS飛行する前に基礎訓練等において、本指針の周知を図るほか、放射線被曝管理に必要な教育及び訓練を実施しなければならない。
2 前項の規定による教育及び訓練は、6時間以上の時間数で次の各号に定める項目について実施しなければならない。
(1) 放射線に関する基礎的知識
(2) 宇宙放射線環境
(3) 放射線の人に対する影響
(4) ISS搭乗宇宙飛行士の放射線被曝管理
(5) ISS飛行中の被曝管理方法
(6) ISSにおいて使用する宇宙放射線計測器及び個人線量計
(7) 緊急時の措置
3 被曝管理担当者は、前2項の教育及び訓練を実施した後は、ISS飛行ごとに、その前に少なくとも1回、ISS搭乗宇宙飛行士に対し教育及び訓練を実施しなければならない。
4 前項の規定による教育及び訓練は、ISS搭乗宇宙飛行士が第2項に定めるすべての項目に関して最新の知識及び関心を持てるよう、必要な時間数をそのつど割り当て実施しなければならない。
(説明と同意)
第23条
被曝管理責任者は、ISS搭乗宇宙飛行士に対し、飛行割当がなされる前に当該飛行中の放射線被曝に係る次の各号に定めるリスクについて説明を行い、当該飛行業務を遂行する意志を有していることを書面により確認しなければならない。
(1) 発がん(がん死亡)に係るリスク
(2) 遺伝的影響に係るリスク
(3) 男性の一時的・永久不妊に係るリスク
(4) 骨髄、水晶体、皮膚等の組織・臓器の確定的影響に係るリスク
(5) 胎児への影響に係るリスク
(宇宙飛行士認定取り消し後の放射線被曝に係るリスクの説明)
第24条
被曝管理責任者は、ISS搭乗宇宙飛行士が宇宙飛行士認定を取り消された場合は、その後の放射線業務のリスクについて、当該ISS搭乗宇宙飛行士に対し十分な情報提供を行わなければならない。
(記録)
第25条
被曝管理担当者は、第22条の教育及び訓練結果を記録しなければならない。
2 被曝管理責任者は、第23条及び第24条のリスクの説明結果を別に定めるところにより記録しなければならない。
(記録の保存)
第26条
被曝管理責任者は、前条の記録をISS搭乗宇宙飛行士の医学記録の一部として保存しなければならない。
第6章 健康診断
(健康診断)
第27条
担当医師は、ISS搭乗宇宙飛行士に対し、次の各号に定めるところにより健康診断を実施しなければならない。
(1) 健康診断は問診及び検査により行う。
(2) ISS搭乗宇宙飛行士の選抜、年次医学検査、ISS飛行前及び飛行後の各時期において、問診により第14条各号に示された被曝に係わる被曝履歴について聴取する。
(3) ISS飛行前及び飛行後に、赤血球数、白血球数、白血球分画、及び血色素量又はヘマトクリット値の検査を実施する。
(4) ISS飛行前及び飛行後に、皮膚の異常について検査を実施する。
(5) ISS飛行前及び飛行後に、水晶体の検査を実施する。
(6) ISS飛行前に、問診及び妊娠検査を実施し、妊娠していないことを確認する。
(7) ISS搭乗宇宙飛行士に対し十分な情報提供を行ったうえで、希望するISS搭乗宇宙飛行士には、精子数に関する検査の機会を提供する。
2 前項各号の規定にかかわらず、被曝管理責任者は、第19条第1項の報告を受けた場合は、担当医師に、その者につき必要な健康診断を行わせなければならない。
(記録)
第28条
担当医師は、前条の健康診断の結果を別に定めるところにより記録するとともに、実施のつど記録の写しを対象ISS搭乗宇宙飛行士に交付しなければならない。
(記録の保存)
第29条
被曝管理責任者は、前条の記録をISS搭乗宇宙飛行士の医学記録の一部として保存しなければならない。
第7章 緊急時等における措置
(ISS飛行中の退避又は飛行中止等の措置)
第30条
第19条の報告を受けた被曝管理責任者は、退避又は飛行中止等の被曝線量低減のための措置が必要と判断した場合は、宇宙環境利用推進部長を通じてその旨を宇宙環境利用システム本部副本部長に報告しなければならない。
2 前項の報告を受けた宇宙環境利用システム本部副本部長は、必要な場合には、ISS参加各機関との協議のうえ、退避又は飛行中止等の措置が講じられるようにしなければならない。
(放射線障害が発生した又はそのおそれがある場合)
第31条
担当医師は、第27条の健康診断の結果、ISS搭乗宇宙飛行士に放射線障害が発生した又はそのおそれがあると判断した場合は、その旨を被曝管理責任者に報告するとともに、ISS搭乗宇宙飛行士の健康の保持に必要な措置を講じなければならない。
2 前項の報告を受けた被曝管理責任者は、宇宙飛行士審査委員会に報告しなければならない。
(原因調査)
第32条
被曝管理責任者は、ISS搭乗宇宙飛行士が第19条、第30条第1項及び第31条第1項の規定に該当する場合は、その原因を調査し、調査結果を記録するとともに、その結果をISS搭乗宇宙飛行士の医学記録の一部として保存しなければならない。
最終更新日:2002年4月16日