我々の暮らす地球は“水の惑星”と称されるほど、水に恵まれています(図1)。水により生命が誕生し、その生命が育まれるのも水によるものです。
あまりにも身近すぎて意識することはないかもしれませんが、水の特徴は何でしょうか?
「無色透明」、「無味無臭」、「さわやか」、「のどの渇きを癒す」、「おいしい」?
客観的なものからイメージ的なものまで、人それぞれの印象をお持ちでしょう。 科学的な観点から重要なことの一つに、液体であることが挙げられます。 液体は形を自由自在に変えているように見えます。
しかし、自由気ままに思える液体の動きにも決まったルールがあることが知られており、決して無秩序ではありません。
但し、そのルールが複雑過ぎるが故に、勝手気ままに振舞っているように見えてしまうのです。
難解なルールをきちんと調べて規則を明らかにし、法則化する学問分野が流体物理(Fluid Physics)、流体力学(Fluid Dynamics)です。
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液体はあるルールに従って運動することが分かりました。
しかし、液体が自ら動き回ることはなく、何らかの力が加わったときに初めて「流れ」が起こります。
川の流れは、水に重力が作用し、高い山から低い海へと流れ着きます(図2)。
水鉄砲は、噴射する出口と反対から水に圧力を与えることで、勢いよく水が飛び出します。
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“何らかの力”の一つに熱からエネルギーをもらって発生する力があり、その力により発生する流れを熱対流と呼ぶこともあります。
熱対流でよく知られているのは、浮力対流でしょう。
お椀によそった熱々の味噌汁をじっと眺めてください。
味噌汁の流れが、味噌の粒々の動きから見えるでしょう。
お椀の味噌汁は、上面の空気と触れている部分で特に冷やされ、液体内に熱い部分と冷えた部分ができ、密度差によって浮力が生じます。
この浮力(駆動力)によって味噌汁が駆動された流れが見えたことになります(図3)。
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図3 味噌汁内に発生する浮力対流
(お椀の中で温められ上に浮かんでくる部分と、表面 で冷やされ沈む部分が模様となって見えている) |
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マランゴニ対流は、表面張力が場所によって違っている場合に発生する流れです。
気体と液体との境目を「自由表面」と呼びます。
その自由表面では、分子間力による表面張力が存在します(図4)。
温度や濃度の違いによって表面張力が変わってきます。
一般的に、温度が高くなるほど表面張力は小さくなります。
マランゴニ対流が起こる理由はここに隠されています。
すなわち、自由界面に沿って温度の高いところは表面張力が小さくなり、逆に低温のところでは表面張力が大きくなります。
そのため、表面での力の釣り合いにより、表面が熱いところから冷たい方へと引っ張られます。
表面の動きが液体内部に伝わり、対流が発生します(図5)。
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図5 マランゴニ対流の発生原理 (温度差による表面張力差により表面が低温側 へと引張られる液体全体の対流に発展する) |
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液体を上下からディスクで挿み円柱の形状(液柱と呼ぶ)で行うマランゴニ対流実験があります。
この形態では、側面が自由表面となり、上のディスクを暖め、下のディスクを冷すと自由表面が上から下へと引かれ、流れが起こります。
液柱による実験が行われる背景には、フローティングゾーン法と呼ばれる結晶成長への応用を視野に入れた基礎的な研究であることが理由の一つです。
流れが出来ただけで感動的な美しさがあるのですが、面白さはこの先に広がっています。
上下のディスク間の温度差をもっと大きくしてみましょう。
対流はどんどん強くなっていきます。
すると突然流れのパターンが急変します。
それまでは、定常的な静かな流れ(定常流)であったものが、脈を打つような時間変化を伴った流れ(振動流)へと遷移します(図6)。
この状態は振動流と呼ばれ、結晶を育成する人々から恐れられています。
すなわち、振動流状態で結晶成長を行うときれいな結晶にならないためです。
マランゴニ対流の研究では、どのような条件で振動流が起こるのかを調べ、そこに潜んでいる規則を解き明かすことが重要です。
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定常流 振動流
図6 液柱のマランゴニ対流の流れのパターンの遷移 (温度差が大きくなると、定常流から振動流へと流れの形態が変わる) |
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ドラマはさらに続きます。
先を急ぎましょう。
振動流に遷移した後、さらに流れを強くします。
最終的には、非常に乱れた流れ(乱流)になりますが、その一歩手前で目を引く流れに遭遇します。
多くの対流実験では、流れの様子が直接みえるように、極々小さい粒子(トレーサと呼びます)を液の中に混ぜ、そのトレーサの動きから流れのパターンを観察します。
トレーサ粒子は液体中にまんべんなく均一に混ぜるわけですが、いつの間にか流れに乗って集まりだす場合があります。 先に述べた目を引く流れとは、粒子が一本のねじれたひも上に集まってくる現象です。
これは粒子集合現象(Particle Accumulation Structure, PAS)と呼ばれます(図7)。
まるで、開店待ちの行列、帰省ラッシュ時の車の渋滞のようです。
粒子一つ一つには当然意思は無いはずですが、なぜか一列に集まるので不思議でなりません。
この規則も宇宙実験により明らかにされるはずです。
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図7 実験により観察された粒子集合現象(PAS) (東京理科大学 河村 洋 教授提供) |
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どうして国際宇宙ステーション(ISS)内の微小重力環境を利用した実験が必要なのでしょうか。
振動流に遷移する条件は液柱の大きさの影響を受けるということが、これまでに行われた実験結果を整理した結果わかってきました。
しかし、地上で作ることができる液柱は数mmが限界です。
それは、大きな液柱は自重により表面張力では支えきれず、液が下に垂れてしまうためです。
宇宙では重力が無くなるため大きな液柱も理想的な形態を保ったまま作ることができます(図8)。
また、流れの様子を詳細に観察するためには、数時間の実験を行います。
このような実験は、長時間の微小重力環境を提供する国際宇宙ステーションが有用です。
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図8 大きな液柱は地上では自重により保持できないが、 微小重力はそれを可能にする |
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流体物理の実験では、これまで述べてきたように流れを詳細に観察することから始まります。
そこで、流体物理実験装置(FPEF)や実験セルには、観察するための目(CCDカメラ)が複数ついています(図9)。
また、温度を測るための神経(センサ)が装置の中に張り巡らされています。
これらから得られる画像、温度をくまなく丹念に解析することで、マランゴニ対流の不思議、規則を明らかにします。
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図9 液柱に発生するマランゴニ対流の様々な観察方法 |
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最後に、マランゴニ対流の理解は何の役に立つのでしょうか?
流体物理の研究ですから学問的な進歩発展は言うまでもありませんが、様々な応用が期待されます。
例えば、液柱形状でのマランゴニ対流研究を促進した結晶成長の高度化や、携帯電話やパソコン等の電子機器を冷却するヒートパイプの高効率化、化学分析や医療分析で重要となるマイクロ流体ハンドリング技術の確立等が挙げられます。
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松本 聡 (まつもと さとし)
宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 ISS科学プロジェクト室
主任研究員
半導体結晶の育成に関する研究に励むなかで、結晶の品質と融液内の対流との関係に興味を抱く。現在は、流れと界面現象についての研究に従事するとともに、宇宙実験の実施に際して研究者側のとりまとめとして多忙な日々を過ごしている。 |
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