̃y[ẂAߋɌJꂽ̃A[JCuy[WłBN؂Â񂪊܂܂Ô\܂B܂A݂WebuEU[ł͈ꕔ@\Ȃ”\܂B
 
JAXAgbvy[W
 JAXAgbvy[W FXe[VEڂLEZ^[ TCg}bv
 
国際宇宙ステーション計画の起こり

競争から協力へ。計画の起こりは、1984年。

1984年、レーガン大統領が各国に呼びかけ
 アメリカの航空宇宙局(NASA)では、1982年から、国際宇宙ステーションについての計画が話し合われてきました。本格的に取り組み始めたのは、1984年のこと。当時の大統領・レーガンが「人が生活することのできる宇宙基地を、10年以内に建設する」という発表を行ったことで、国際宇宙ステーションへの計画が正式にスタートしました。
 そして同じ年に開催されたロンドンでの国際会議で、レーガン大統領は関係各国に、計画への参加を呼びかけたのです。
計画発表から3年後、1987年にえがかれた想像図。中心となる構造体「トラス」から2本の電柱状の「キール」が伸びているため、「二重キール型コンフィギュレーション」と呼ばれました。現在の宇宙ステーションとはかなり形が異なっています。
それまでの宇宙開発は「競争」だった
 人類が初めて宇宙へ進出したのは1961年4月。旧ソ連(ロシア)によってウォストーク1号が打ち上げられ、ガガーリン飛行士が搭乗して宇宙飛行を成功させました。
 1969年にはアメリカが人類初の月面着陸という偉業を成し遂げるなど、この時代の宇宙開発はまさにアメリカと旧ソ連のプライドをかけた戦い。それぞれに独自の研究を重ねながら、激しい宇宙競争を繰り広げていたのです。
 1984年に国際宇宙ステーション計画が発表されてから9年後。ライバルだった2つの大国を含む各国が初めて手を取り合い、その高い技術をひとつの目的のために使うことになりました。

旧ソ連
アメリカ
 


最終更新日:1999年 1月 6日

JAXAトップページへサイトポリシー