グリニッジ標準時の8月9日、日本の宇宙ステーション補給機HTV(愛称:こうのとり)の管制チームにとって最も長い1日。
90分に1周、地球を周る国際宇宙ステーションISSにとって、私たちの感覚で言うところの昼夜は90分に1度ずつ訪れます。そこでISSではグリニッジ標準時が採用され、それに合わせて世界各地の管制センターでもシフト勤務制が採られています。
アメリカ・ヒューストンにあるNASAのミッションコントロールセンターでは、3シフトで1日を回しており、この8月9日、私は第2シフトでISSとの交信役であるキャプコムというコンソールを担当しました。HTVのキャプチャまでを担当する第1シフトのキャプコムは、NASAのマイク・フィンク飛行士。私はHTVのキャプチャ後から、ISSへ結合するまでが担当です。
日本時間の8月3日未明、種子島宇宙センターから打ち上げられたHTV4号機は徐々に高度を上げ、9日の早朝、ついにISSの後方約5kmのポイントに到着しました。その約90分前から、NASAのミッションコントロールセンターと筑波にあるHTVミッションコントロールセンターによる統合運用が既に始まっています。統合運用中は、2つのセンターが緊密に連携をとってHTVをコントロールし、ISS側もHTVのキャプチャ準備をしていくことになります。
今回のHTVミッションに向けて、私は何度もキャプコムとしてNASA側の管制チームのシミュレーション訓練に参加しましたが、それらの訓練は大体HTVがこのISS後方5kmの位置にいるところからスタートします。というのは、これ以後ISSのロボットアームによってキャプチャされるまで、重要なイベントが目白押しだからです。
この8月9日当日も、出来ればこのあたりからコントロールセンターで実際の運用を見ていたかったのですが、ヒューストン時間ではまだ午前0時をまわったばかり。私の本来のシフトが始まるのは午前7時なので、さすがにここから見ていたのでは自分のシフトが始まる頃には疲れてしまって本来の任務に支障をきたす恐れがあったので、泣く泣く諦めました(><)。
実際に私がコントロールセンターに入ったのはヒューストン時間の午前5時半頃だったのですが、せっかくの機会なのでこのISS後方5kmの位置からHTVがISSへ接近していく流れを簡単に説明したいと思います。
この位置でHTVは2時間半ほど待機し、その間双方のチームでISS側とHTV側のシステムに大きな問題がないことを確認し、グリニッジ標準時8時5分にエンジンを噴射してISSへの接近を再開しました。ISSに対して半楕円形の相対軌道を描きながら接近していきます。この時の噴射はISSの近くにおける噴射としては大きなものなのですが、実はわざと必要以上に大きめにしてあります。というのは、もしこの後何らかの不具合が起こって、地上からのコントロールが出来ない状況になっても、HTVがISSに衝突する恐れがないように、わざと目標をISSからずらしてあるからです。これ以降の噴射は基本的に同様のコンセプトに基づいて計算されており、放っておいてもある一定の時間はISSに接近しすぎない様になっています。このあたりの安全設計は、軌道力学のスペシャリストたちによって非常に精密に計画されていて、見事と言うほかありません。またこのコンセプトこそが、HTVによって日本が生み出したキャプチャ方式の肝とも言える要素なのですが、これについては来月もう少し詳しくお話し出来ればと思います。
こうしてISSの下方側へ大きく楕円軌道を描きながら飛行していき、8時43分に次の重要な噴射を迎えます。前述の通りISSからわざと目標を外して接近してきたのを、今度はISSの下方500mのポイントを目標に変えるのです。ここは大きな軌道変化になるので、統合運用中で最も大きな噴射が行われます。
HTVはこの噴射を無事に終え、9時7分にISS下方500mを通過し、このあと非常に慎重にゆっくりとISSに向けて接近していきます。下方30mに到達したのが10時半頃なので、この470mの接近に1時間半近くをかけた計算になります。そしてこの一見簡単そうに思える、ISSへ向けて下方から直線的に近づいていく部分こそが、軌道制御的には実は非常に厳しいところなのですが、なぜ厳しいかというのは話せばとっても長くなるので、また機会を改めて書きたいなと思います。もしくは、HTVチームの友人に書いてもらおうかな・・・
ISSから撮影されたHTV(下方より接近中)
私がコントロールセンターに入ったのがちょうどこのISS下方30mに到着した頃で、大きな管制室は静まり返っていて、独特の緊張感が漂っています。マイク・フィンク飛行士の隣に着席しました。起きてから家でもある程度の情報収集はできるので、既にHTVが順調にここまで飛行してきたことは知っていましたが、マイクに「様子はどう?」と訊ねると、案の定「とてもスムーズにここまできているよ」という答えが返ってきました。
コンソールから視線を前方に向けると、大きな複数のスクリーンに現在のHTVの飛行状況、ISSのシステムの状況が映し出されています。ISSに取り付けられた船外カメラからの映像も中継されていますが、HTVの姿がはっきりと確認できます。秒速8km近い猛スピードで飛行しているとは思えないほど、その姿は全くぶれることがなく、まるで静止画を見ているようです。
HTVミッション前半の最大の山場、キャプチャの瞬間が刻一刻と近づいていました。
え!?ここで終わり?という声が聞こえてきそうですが・・・来月へ続く!(笑)
ISSから撮影されたHTV
※写真の出典はJAXA/NASA