太古から人類は星空を見上げ、様々な宇宙への想いを募らせてきた。それらは数多くの神話や、遺跡、建築、芸術にも現れている。天動説から地動説、ビッグバン理論と自然科学が進歩するにつれて、人々が持つ宇宙や地球のイメージは変わってきた。
 特に20世紀後半に人類が宇宙へ飛び立つ技術を手に入れ、多くの人々が宇宙に飛び立つようになり、人類が持つ宇宙や地球のイメージ大きく変わってきたのではないか?
 人類が宇宙に出ることによって、初めて自分が生まれ、生活している地球をその目で見、まるで自分自身を鏡で見るかのように、初めて自分たちを客観的に見ることができるようになり、「宇宙船地球号」といった概念を持てるようになったといえる。
 宇宙に飛び出した人は、国境のない地球、暗黒の中に青く輝く姿を目の当たりにし、それから発せられた言葉の中には、人類全体で共有すべき新たな価値観や、人類の目指すべき方向性についての鍵があるかもしれない。
 この様な視点を持ち得た我々人類は、これらをどのように活用し、何を考え、我々の子孫に何を残していくべきなのか?
 21世紀が始まる直前に人類初の国際協力による多目的な有人宇宙施設であるISSの建設が始まった。そこでは将来の人類の宇宙進出のための様々な実験や、新しく手に入れた微小重力など地上では実現し得ない環境を利用して、新しい科学を開拓する試みが行われる。
しかしながら、これまでの有人宇宙飛行を中心とした宇宙開発で得られた前述の様な視点を考慮した場合、ISS計画は科学技術的なプロジェクトとしてのみ語ってよいものなのか?

ISSは人類の本格的な宇宙での活動を展開する第一歩であり、生物進化の流れの中で、地球の文明を担った人類が、宇宙という新しい環境に進出するステップが実現するものである。更に、本計画は人類が未知の世界で行う最大の国際協力事業であり、様々な困難を乗り越え、国家を超えて共同で人類が未来を開拓する営みを続けることなど、人類の未来への挑戦の象徴とも言える。アポロ計画がもたらした青い宇宙空間に浮かぶ地球の写真は「宇宙船地球号」という概念を創生し人類の地球観を変えた。21世紀の社会はすでにあらゆるところで人間活動は宇宙の技術に依存しているだけでなく、私たちの考え方や文化的な活動にも地球観、宇宙観が影響している。こうした状況のなかでISSからの視点は宇宙と人類の結びつきを明確にし、地球の有限性の認識や地球人としての一体感などを醸成する事が出来る。

 このように、ISS計画は本質的に他の無人の宇宙利用とは異なり、より多くの人が興味を持ち、幅広く参画できる唯一の宇宙計画として、科学技術的な観点だけでなく、人文社会科学の観点においも重要な意義を持っている。



 21世紀の地球社会は、教育問題、環境問題、人口問題、エネルギー問題、高齢化社会、民族対立などの難問に直面している。これらは、人類の存続にも影響を与える大きな社会問題であり、その解決には、「地球規模の叡智の結集」、「国際協力・国際協調と民族の融和」、「自然や地球の包容力が限られたものであるとの認識」が必要とされる。
 地球から離れてISS からの視点を持つことにより、地球の有限性の認識、人類中心主義(人類が世界の中心である)からの脱却、地球人・人類共同体としての意識を醸成することに非常に有効である。
 また、ISSは人間が恒常的に生活できるミニチュアの地球社会と見なすこともできる。このミニチュア社会を実験空間に見立てて、そこで繰り広げられる多民族・多文化の人間の生活が、調和し安定するための条件を見出すための実験を行うことも、地球人としての新たな倫理観の醸成に貢献できる可能性がある。






 宇宙では地上では実現し得ない重力がない世界を手にいれることになる。そこでは地上の常識が通用しない。液体は丸く宙を漂い、上下左右がなく空間を自由に使うことが出来る。これらは造形にどのようなインパクトを与えるのか? また重力から開放されることにより、その姿、形を変えた身体は、果たして美しいのか?
 人類文明は地上での重力環境を前提に発展してきた。21世紀に人類の宇宙進出が本格化する時代には、これまでの地上の常識を覆す微小重力環境での新たな文明が想定される。ISSはこれら新しい宇宙文明への第一歩であり、微小重力環境や相対化された地球という視点は、これまでとは全く異なる新しいフロンティアとして人文社会科学分野の発展に寄与できる。





 これまで多くの科学技術プロジェクトとは異なり、ISS計画は上記のような点で、文理融合型の研究といえる。
 宇宙航空研究開発機構では、上記の人文社会科学的な観点での意義を踏まえ、中長期的視点に立ったISSの人文社会科学的利用の可能性を広く検討し、今後の目指すべき方向と課題を明らかにすることを目標にして、調査検討などを実施している。




(a) 微小重力環境における芸術表現の未来に関する東京芸術大学との共同研究
(b) 宇宙への芸術的アプローチに関する京都市立芸術大学との共同研究
(c) 国際宇宙ステーションを利用した人類平和のための実験的研究(国際高等研究所との共同作業)
(d) アートの効果的活用活用に関する試行的プロジェクト(武蔵野美術大学とのフィージビリティスタディ)
(e) 宇宙における衣服の検討(日本女子大学とのフィージビリティスタディ)
(f) 無重力環境における東アジア古代舞踊の試み/敦煌・飛鳥舞踏図(飛天図)との比較検討(お茶の水女子大学とのフィージビリティスタディ)
(g) 身体表現(舞踏)の視点から考えた無重力空間での人間の姿勢変化、及び生活様式のあり方の考察(東京スペースダンスとのフィージビリティスタディ)