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実験の背景


図1 シロイヌナズナの茎を場所ごとに,また輪切りにして遺伝子の働いている量を青で染めた写真

茎の下部ほど,また輪切りの外側ほど強く働いていることがわかる。

図2 シロイヌナズナ細胞壁の構造を示す模式図

シロイヌナズナなど双子葉植物の細胞壁の構造。鉄骨の役割をするのがセルロースで,キシログルカンはセルロースを束ねる役割をする。

海で生まれた生物は,数億年前に陸上へと進出してきました。海から陸へ,がらりと変った周りの環境に合わせて,陸上の生き物たちは自分の体の仕組みを大きく変えて,適応してきたのです。

植物の場合,海の中では海水の浮力があるので,自分の体を自身で支える必要はありません。ところが陸上では,大気からは海水ほどの浮力が得られないので,植物が茎を伸ばし,葉を広げて生長するためには,自分の体を自身で支えなければならなくなりました。そうして陸上植物は,環境に適応するための独自の「細胞壁」を進化させたのです。

では,微小重力の宇宙ステーションで,植物を生育させると細胞壁はどう変化するでしょうか。この実験では細胞壁内部の構造やそれを作るしくみにせまっていこうとしています。

地上で建物を作るには,建物自身を支える土台が必要となります。例えば家を作るときにも1階の土台部分を頑丈にして,2階以上を支えています。地上の植物も同じように,下の土台の部分がより強くなるように遺伝子が働いています。つまり,植物の土台の部分と伸びていく先端の部分では違う遺伝子が働いているのです(図1)。

では宇宙で,この土台の構造はどう変化していくでしょうか?

この実験で特に注目したのは,双子葉植物の細胞壁の中の構造です。細胞壁の「鉄筋」にあたるのが「セルロース」と呼ばれる繊維です。そしてその鉄筋を束ねるコンクリートにあたる成分が「マトリックス」です。マトリックスは色々な成分からなります。双子葉植物で最も大きな役割を担っているマトリックス成分は,キシログルカンとリグニンです(図2)。

鉄筋がいくら強くても,コンクリートが劣化していては強度がでないように,細胞壁もセルロースとマトリックスの働きがうまく調和しなければ強度が低くなります。地上の実験から,このセルロースとマトリックスの双方を作る遺伝子が重力に反応して働きを変えていることを,西谷和彦先生は突き止めています。

植物細胞壁の構造は,実際は大変複雑です。また,様々なタイプがあります。それを作るには多数の遺伝子が関係しています。地球上で正常に生育した植物を横倒しにしたときに,働きの変わる遺伝子を調べることで,重力に応じて変化する約30種の遺伝子を絞り込むことができました。そのうち,最も重要な10種ほどの遺伝子について,宇宙での変化を調べようという実験です。


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