微小重力環境における突然変異生成率の測定

代表研究者 大西 武雄(奈良県立医科大学)


実験の概要・目的
 いままでの宇宙放射線の生物影響に関する宇宙実験、たとえば細胞性粘菌やナナフシの発生・分化の実験やショウジョウバエの突然変異誘発実験では、同じ放射線線量を地上で被曝したときに見られる生物影響よりもはるかに高い頻度で生物影響が観察されてきた。それは宇宙放射線によってもたらされる影響が微小重力で増強される可能性があると考えられてきた.そこで今回我々はより直接的に突然変異率を測定するため、DNA損傷を持った一本鎖DNAを人為的に作製し、これを宇宙に運び、DNA合成酵素を用いて、その相補鎖DNAの合成を微小重力環境下で行わせた後、宇宙で合成されたプラスミドDNAを地上で大腸菌に導入し、突然変異生成率を解析することによって、宇宙放射線による誘発突然変異生成率が微小重力によって増強されるのか否かを明らかにする。

実験の目的
 宇宙空間でのDNA合成のなかで起こる突然変異を測定するため、DNA損傷を持つ一本鎖のプラスミドDNAを人為的に作製し、微小重力環境下で各種DNA合成酵素を用いて、相補鎖のDNAの合成をさせる。回収した二本鎖のプラスミドDNAを解析し、微小重力が突然変異生成率に影響を与えるか否かを明らかにする。

過去の宇宙実験での成果
 地上での突然変異頻度は一般におおよそ106細胞に1個と考えられている。宇宙での突然変異率は地上と違うのであろうか。細胞性粘菌やナナフシの発生・分化の実験やショウジョウバエの突然変異誘発実験では、宇宙での放射線影響は地上に比べはるかに高いようである。これは宇宙放射線によってもたらされる影響が微小重力で増強される可能性がある。その1つとしてDNA損傷の修復を微小重力が抑制するために起こると考えられてきたが、まだ直接的に証明されていない。そこで今回我々はより直接的に突然変異率を測定するため、次のような実験を考案した。DNA損傷を持った一本鎖DNAを人為的に作製し、これを宇宙に持って行き、DNA合成酵素を用いて、その相補鎖DNAの合成を微小重力環境下で行わせる。宇宙で合成されたプラスミドDNAを地上で大腸菌に導入し、コロニー形成率と突然変異生成率を解析することによって、放射線による生物影響が微小重力によって増強されるのか否かを明らかにする。
 リボソームのタンパク質を担う野生型rpsL遺伝子は、大腸菌でストレプトマイシン感受性を優性伝達し、ストレプトマイシン耐性の宿主大腸菌をストレプトマイシン感受性に形質転換する。このrpsL遺伝子をもったプラスミド(あらかじめカナマイシン耐性遺伝子を持っている)に変異が生じると、ストレプトマイシン含有プレートで生育することができる。そこでこのプラスミドDNAを鋳型にして、宇宙空間でDNA合成させた後、カナマイシン含有プレートとストレプトマイシン及びカナマイシン含有プレートで生育できるコロニー(突然変異体)を測定する。この方法は突然変異が起こる類度を容易かつ鋭敏に検出することができる。

期待される成果とその応用
 今回のDNA合成系の実験によって、地上と宇宙での突然変異生成率を比較することにより、DNA複製エラーが微小重力環境下で起こるのか否かが明らかとなる。
 将来、人間が宇宙に長期滞在する場合、宇宙放射線被曝によるDNA損傷生成とそれによる人体影響の問題は十分に考慮する必要がある。人間が本来持っている突然変異を未然に防ぐ能力が、微小重力環境下でどう変わるのかを明らかにするすることは、宇宙における宇宙放射線の被曝限度を知り、人類の安全な滞在期間を求めることにもなり、人体の健康管理に役立つことが期待される。


Last Updated : 1998. 5.27