宇宙放射線環境データのリアルタイム交換実験

代表研究者 富田二三彦(通信総合研究所)


図 1 実験目的及び概要に関するフローチャート
図2 宇宙の天気の因果関係

実験の概要・目的
 宇宙を飛び交う放射線粒子に長時間人体がさらされると、遺伝的な影響を受ける可能性があり、また衛星に搭載される様々な精密機器も誤動作などの悪影響を受けることが知られている。特に太陽を源とする宇宙環境の擾(じょう)乱によって放射線帯(バンアレン帯)の構造が変化したり、あるいは大きな太陽フレア(太陽面爆発)が発生した場合などには人体への直接の危険や宇宙機器への悪影響は増大する。よって宇宙環境を安全に利用していくためには、現在の宇宙の放射線環境を知っておくこと(現況=ナウキャスト)と、将来の環境の変動を予測すること(宇宙天気予報=フォアキャスト)の両方が必要となる。
 今回の実験ではこの現況を提供するシステムをインターネットを利用して実験的に運用し、できるだけリアルタイム(即時的)に宇宙空間のさまざまな場所における放射線の様子を監視する。さらに飛行後のデータ解析では、宇宙環境を予報することを目指して、太陽から地球までの宇宙環境が地球の周辺の放射線環境にどのように影響を及ぼしているかを知るために、宇宙環境データの総合的な解析を行う。

過去の宇宙実験の成果
 第2次国際微小重力実験室(IML−2)実験では、放射線データや宇宙環境に関する情報などが約1日遅れで交換されたが、STS-79及びSTS-84実験では、シャトル内部の放射線環境が準リアルタイムで表示され、日本の静止軌道上における放射線環境もリアルタイムで表示された。関連する宇宙環境情報(米国の気象衛星による放射線及び磁場観測データ、世界各地の地磁気観測データなど)も同時に、ほぼリアルタイムのデータを参照することができた。これらにより、実験期間中の宇宙環境の全体概要がリアルタイムで把握できた。
 また飛行後のデータ解析から、IML−2実験において、太陽の活動が地球周辺の宇宙環境に及ぼす「宇宙天気の変化」の一例を見出した。これは、太陽を源とする高速の太陽プラズマ風が太陽を出発してから約2日後に地球にまで到達し、地球の周りの磁場環境(地球磁気圏)に乱れを起こし、その影響で放射線粒子がスペースシャトルの内部にまで降り注いだというものである。幸い降り注いだ放射線はごく微量で、生物や機械に影響を及ぼすようなことはなかった。
 現在、STS-79及びSTS-84実験についてもデータ解析を行っている。太陽活動は静穏で、突発的な粒子の降り込みは見られていないが、中規模の地磁気錯乱が連続しているため、その変動開始時期を中心に綿密な解析が進行中である。
 現在は、太陽活動が静穏から急速に活発になり始める時期であり、宇宙ステーションの構築が始まる2000年頃は太陽活動極大期である。
 宇宙ステーションのように軌道の傾きが大きな場合には、さらに多量の放射線が降り注ぐ可能性がある。今後も、他の衛星による観測のデータ解析やスペースシャトルや宇宙ステーションにおける放射線計測を引き続き行っていくことは、必要不可欠である。

実験の原理
 宇宙空間での放射線源には、銀河宇宙線(GCR:Galactic Cosmic Ray )、バンアレン帯の捕捉放射線帯粒子(Radiation Belt Particles)、太陽フレア粒子線(SEP:Solar Energetic Particles )の3つがあるが、これらが空間的にまた時間的にも複雑に絡み合って宇宙空間のさまざまな場所における放射線環境を形作っている。
 よって安全な宇宙活動のためには、まずその場(宇宙機周辺)での観測を行い、その情報を宇宙飛行士や地上のオペレーターがリアルタイムに把握していることが必要なのは言うまでもないが、その他の場所(宇宙空間)や地上での観測による宇宙環境情報を把握することもその宇宙機の周りの状況を理解するため、またこれから遭遇する変化を予測するために必要である。このためには様々な宇宙環境に関する情報をリアルタイムで交換し表示することが必要となる。
 また宇宙空間各所での環境を同時に計測したデータを総合的に解析することにより、太陽から地球までの宇宙環境の変動がその宇宙機の周りの放射線環境にどのように影響を及ぼすのかについて物理的な機構を解明することができ、さらに将来の宇宙環境を予測することも可能になってくる。
 以上の観点から、今回の実験では宇宙環境情報のリアルタイム交換(現況の把握)実験と、飛行後のデータ解析による宇宙環境の変動予測に関する研究を2本の柱としている。

期待される成果
 スペースシャトルの内部および日本上空の静止軌道上の放射線環境がリアルタイム(または準リアルタイム)で表示される。関連する宇宙環境情報(米国の気象衛星による放射線および磁気観測データ、地上の各地の地磁気観測データなど)も参照できる予定である。これらにより、実験期間中の宇宙環境全体の様子(ナウキャスト)がリアルタイムで把握できる。これは将来の宇宙環境利用には欠かすことのできない「宇宙環境の現況監視システム」の開発に直接つながる実験である。
 地球の周りの周回軌道上の放射線環境(スペースシャトルや宇宙ステーションの周りの放射線環境)が、太陽から地球までの宇宙環境の変動(たとえば太陽の活動の変化、太陽風の中の乱れ、地球磁気圏の乱れ、静止軌道上の放射線の変動など)とどのような因果関係があるのかを理解することができる。この成果は宇宙の環境の変化を予測し、宇宙の天気を予報していくために役立つ。
 以上の成果が組み合わされると、たとえば将来の宇宙飛行士や地上の運用オペレータは、いま宇宙機の周りの宇宙環境がどうなっているのか、太陽の活動は活発なのか否か、放射線の強度はこれからどうなって行くのかなど、ちょうど地上の天気図で「ひまわり画像」を見るように知ることができるようになるであろう。


Last Updated : 1998. 5.27