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コラム ―宇宙開発の現場から―

コラム―宇宙開発の現場から―
サチコの実験日記 Vol.3 細胞一個でも重さを感じている
皆さんこんにちは。私はJAXAで「きぼう」日本実験棟を使った生命科学実験の担当をしている矢野幸子です。前回は線虫を使った研究についてお話ししました。今回は筋肉の細胞に関する研究についてご紹介したいと思います。

みなさんは、宇宙では骨だけではなく筋肉が弱ってしまう(筋萎縮)という話を聞いたことがありますか。宇宙ステーションにいる宇宙飛行士は、それを防ぐために、1日のうち2時間も運動に費やしています。ではどうして重力がないところでは筋肉が弱ってしまうのでしょうか?そもそも、私たちの体の細胞は、無重力状態を感じているのでしょうか?
それを明らかにするために、JAXAは名古屋大学と協力して、宇宙ステーションで細胞を培養する実験を計画しています。今回は、名古屋大学医学系研究科の曽我部正博先生の研究をご紹介します。
曽我部先生は、細胞が重力を感じる仕組みについて研究しています。研究のポイントは3つです。1、細胞はどのように重力の有無を感じるか、2、無重力での筋萎縮はどうして起こるのか、3、細胞は宇宙でどのようにふるまうのか。
私たち人間は、目で見た方向や、耳の中の器官などを使って上下方向を知ることができます。私たちの体は約六十兆個の細胞の集まりですが、実は、細胞1個1個にも重力がかかっており、細胞自身が重力の有無を感じることができます。でも、細胞がどのように感じているか?その仕組みはまだ分かっていないのです。
細胞はとても小さく、たった20マイクロメートルぐらい、つまり1mmの1/50という大きさです。でもそんな小さな細胞でも重力を感じているのです。

■ 細胞が重力・無重力を感じる仕組みを証明する

曽我部先生の考えでは、細胞は細胞膜にある接着斑(後述)という装置を介して時々アチコチ引っ張りながら、細胞の足場の硬さを調べています。その装置には引っ張る力を発生するアクトミオシン線維がついていて、その線維にはミトコンドリアなどの比重の大きな重りが乗っかったり、ぶら下がっています。ですので、重力の有無で足場を引っ張る力に差が出てきてきます。細胞膜にはその力を感じるセンサーがありますので、そのセンサーを通して、細胞は重力の程度を感知できる可能性があるそうです。もう少し詳しく説明しましょう。
例えば、ものの堅さです。私たちは、あるものの堅さが分からない時、どうするでしょうか?きっと皆さんは、そんな時、押したり引っ張ったりしてその堅さを調べるでしょう。そのものが堅ければ押しても押し返されびくともしませんし、引っ張っても引っ張り返されて伸びません。一方、柔らかい時は押したり引っ張ったりすると簡単に変形するので、柔らかいことが分かりますね。小さな細胞も、私たちと同じようにして、足場の堅さを感じていると考えられます。細胞は、『接着斑』という足を使ってコラーゲンのような足場に接着します。細胞の中では、その接着斑から骨組みのようなアクトミオシン線維が伸びています。実はこれが特別な骨組みで、線維自身が筋肉のように力を発生し縮むことができ、繋がっている接着斑を通して細胞の足場を引っ張ることができます。そして、細胞は、どうやら私たちと同じように、ときどき足場を引っ張って、そこが堅いか?調べているらしいのです。細胞が引っ張った時に足場が強く反発すれば、そこが堅いことが分かるのです。曽我部先生は、足場が堅くて引っ張り返される時、細胞は、足場の近くにある特別なメカノセンサー(イオンチャンネル)のスウィッチをオンにして堅さを感じていると考えていますが、実は、細胞が重力の有無を感じる際も同じ仕組みを利用しているのではないかと予想しているそうです。
我々の細胞の中には、比重が大きく少し重いミトコンドリアや核などの細胞内小器官があります。それらにも、実は、先ほどの骨組みが繋がっているのです。ですから、細胞の骨組みに重りが乗っかったり、吊り下がっている様子を想像して下さい。細胞は骨組みを引っ張っているのですが、地球上では、重力によってそれらの構造に掛かる力も骨組みに掛かっています。一方、無重力状態になると、それらの構造に掛かっていた力が無くなります。細胞は、あれ軽くなったな、重りが無くなって骨組みに掛かる力が変わったな、と感じているかもしれないのです。実際に、細胞を逆さまにしたりして、重力の影響を変えてみると、細胞は骨組みを組み直しますし、ミトコンドリアの構造も変化します。これらは、骨組みに掛かる力が変化したことを細胞が感じた結果かもしれません。同様に、宇宙空間で細胞が骨組みを引っ張った時には、あれ違うなと重力が無いことを感じるのかもしれません。

さらに、無重力状態での筋萎縮には特殊な酵素の働きが関係しているかもしれません。この仕組みを突き止めて、うまくコントロールしてやる薬剤を作れば、宇宙での筋萎縮の問題も解決できるかもしれません。そしてそれは、地上での病気の治療にも役に立つことでしょう。この研究は徳島大学の二川健先生とも共同で行います。二川先生はJAXAと共同で、2010年4月に筋肉の細胞を宇宙に打ち上げて筋萎縮の仕組みを研究し、引き続き現在計画中の宇宙実験テーマにも参加している強力な共同研究者です。

細胞が足場の堅さを感じる仕組みが無重力状態を感じる仕組みと共通ならば、宇宙では細胞の堅さの感じ方が変わってくるかもしれません。細胞は、それぞれ好きな堅さがあります。堅い方が好きな細胞は、そちらの堅い方へ向って動いていきますし、柔らかいところでは神経細胞へ、とても堅いところでは骨の細胞へ分化する場合もあります。しかし、重力のない宇宙では、細胞はどのようにふるまうのでしょうか。ぜひ、見てみたいですね。ですから、宇宙でも足場の堅さを変え細胞の反応を調べてみます。また、細胞の骨組みや接着している部分、そしてミトコンドリアを実際に観察することにしました。細胞1個1個がどうして無重力状態を知ることができるのか、細胞に聞いてみないと分かりません。細胞本来の振る舞いを宇宙での実験で明らかにしていきます。宇宙実験はミクロの世界の秘密を解き明かす冒険といえるかもしれません。

■ 見えない細胞を見る

さて、細胞やその中の構造は小さいのですが、光学顕微鏡を使うと生きたまま観察することができます。しかし、細胞やその構造は色が付いていないのでとても見にくいのです。そのため、見たいものに『蛍光色素』という目印を付けます。蛍光色素は特定の波長の光を当てると別の波長で光るので、特別なフィルターを使いその蛍光色素を光らせて観察することができる蛍光顕微鏡を使います。観察する試料は脊椎動物の細胞で、蛍光色素を組み込んだものを使います。この蛍光色素はノーベル化学賞を受賞した下村脩博士の研究成果であるオワンクラゲの蛍光色素であるGFPを応用したものです。
宇宙実験の前の準備として、宇宙ステーションで使うとの同じモデルの顕微鏡を研究室に用意して、観察できるかどうかを確認しました。観察できるに決まっているんじゃないかって?いいえ、何倍の対物レンズを使えばいいのかを決めなくてはなりません。それもレンズにもいろいろな種類があります。容器の板の厚や質によってレンズの種類を選ばなければいけません。そして選んだ対物レンズを宇宙に持っていく準備をしなくてはなりません。宇宙に持っていくのは本当に必要なものだけなのです。持っていくのにも大変な手続きがいりますから。
宇宙に行ってから「やっぱり見えない、別のレンズを送ってくれ」という話になってもすぐには送ることができません。ですから確実に見えるレンズを調べておくのです。
細胞を観察するために使うレンズを選び、細胞の中の蛍光色素もよく光って見えることを確認し、これから宇宙ステーションに運ぶための具体的な準備をはじめます。

2010年に行われた徳島大学の二川健先生と共同で実施したMyoLab宇宙実験
(筋萎縮の仕組みの解明)の概要はこちら
http://iss.jaxa.jp/kiboexp/theme/first/myolab/

現在計画中の実験の内容はこちら
http://iss.jaxa.jp/kiboexp/theme/application/pm02/Sokabe_J.pdf
(2011/07/25)
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