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量子力学は自然現象を記述する最も基本的な理論体系であり、1900年にプランクが量子仮説を提案して以来100年に亘り素粒子、原子核、原子、分子、固体さらには宇宙にいたるまで様々な自然現象に適用されその妥当性が検証されてきた。量子力学は、質点の連続的な運動の記述に基礎をおく素朴なニュートン力学が、当時実験的に観測することが可能になり始めていた原子や電子の運動、それらに起因する光や電磁波などの現象をうまく説明できない矛盾を解消する目的で、このような基本的な粒子が取りうる状態を離散化することにより力学体系を拡張したものである。したがって、このような粒子の離散的な状態やそれに起因する量子効果は、当然ながら微視的な領域において顕著に現れるものであり、我々が日常的に経験している巨視的な尺度において直接的な形で現れることは珍しい。しかしながら最近では、レーザ冷却をはじめとした低温技術、高分解能の分光装置、nmに近い精度を持つ微細加工など実験技術の進展により、コヒーレントな粒子の集団が引き起こす巨視的な量子現象を直接観測することが可能になってきた。こうした量子実験の新たな展開は、量子力学における原理的な理解を深め、また理論のフロンティアを拡大していくものと期待されている。
巨視的量子現象のなかで最も注目されているのがボース-アインシュタイン凝縮である。ボース-アインシュタイン凝縮は、巨視的な数の粒子が同一の基底状態を占有し、巨視的なスケールにわたって量子力学的な位相を揃えた状態である。超伝導現象や液体ヘリウムの超流動現象なども、ボース-アインシュタイン凝縮の結果として理解することができる。従来は相互作用のない理想気体でないかぎりこの状態は安定しないと考えられていたが、最近のレーザトラップ技術の進展により原子ガスの閉じこめが可能となり、弱い引力相互作用のある系でもボース-アインシュタイン凝縮を実現できることが実験的に確認された。微小重力環境を利用すれば、ボース-アインシュタイン凝縮体を長時間浮遊・保持することができるので、ボース-アインシュタイン凝縮の安定性や崩壊のメカニズムなどを長時間にわたり詳細に調べることができる。
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また巨視的な量子流体現象である超流動現象では、粘性がなく高い熱輸送を示すなど、通常の液体とは大きく異なる性質が現れる。例えば極低温領域におけるヘリウムの結晶成長では、高い熱輸送のために界面での素励起が支配的となり、また潜熱をすばやく奪うことができるので直ちに平衡状態に達するなど、超流動体の特性により系本来が持つ純粋な成長過程を観測することができる。また臨界点近傍の量子液体においては、臨界異常と量子液体の特異性を反映した非平衡状態が現れると考えられる。このような量子流体の特異な挙動や、超流動性が関係した結晶成長過程での重力効果を明らかにするためには、等方的で均質な系を実現しうる微小重力環境の利用が有効である。
巨視的量子現象としては他に巨視的トンネル現象があげられる。これは巨視的な自由度を持つ粒子の集団がポテンシャル障壁を量子力学的なトンネル効果により透過する現象である。量子核形成はその候補として考えられている。通常の核形成が熱ゆらぎによって誘起されるのに対し、量子核形成は量子トンネル効果によって核形成を起こす。量子核形成の実証実験においては、壁からの不均一核形成や量子液滴の重力分別などをいかに抑制するかが課題となっているが、微小重力環境の利用によりこうした困難を克服できると期待できる。
その他、重力効果を直接量子力学的に観測する方法として物質波の干渉実験があり、物質の自由落下のない微小重力環境における精密な実験が期待されている。
量子力学においては、通常、粒子間相互作用などが支配的であり重力の影響は無視できるほどに小さい。しかしながら巨視的なスケールにおける量子効果の観測においては重力の影響が顕在化し、現象の本質が覆い隠されてしまうことがある。ここに微小重力環境利用の利点があると考えられる
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