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  宇宙医学

フライトサージャン

日本ではあまり馴染みの薄い言葉ですが、パイロットの数が多いアメリカ、ヨーロッパでは比較的知られた職種で、航空および宇宙医学の知識を持ち、パイロットや宇宙飛行士の健康管理さらに航空宇宙医学の研究を行う専門医のことです。宇宙開発に携わる日本人フライトサージャンは2005年現在で4人、宇宙航空研究開発機構(JAXA)に所属しています。彼らの一番の役割は宇宙飛行士の健康と安全を確実なものにすることです。宇宙飛行士の選抜、定期的な医学検査、飛行前、飛行中の健康モニター、飛行後のリハビリテーションが骨格で特に飛行中のミッション管制センターでの健康モニターは特徴的な仕事となっています。このような宇宙飛行士の健康管理をするにはその基礎となる宇宙医学の研究が必要です。 JAXAにはこの研究に携わる医師や看護婦及び技術者もいます。


 

宇宙飛行士の健康管理

宇宙医学研究の基礎の上に実施されている宇宙飛行士の健康管理は我が国では1985年に選抜された3人の宇宙飛行士に始まり、その後の若田宇宙飛行士と、これまで宇宙航空研究開発機構では7回の有人宇宙飛行を実現し少ないながらもその実績を着実に築いています。ところで彼らの健康管理は一般の人の健康診断とどう違うのでしょうか?彼らの健康管理は前述のフライトサージャンとNASAとの協力の上に以下に示すような非常に綿密な健康管理から成り立っています。


 1) 飛行前健康管理

宇宙飛行士は宇宙飛行できるかどうかという観点から、1年に1回体の状態を評価されます。検査内容はフライトサージャンによる診察、血液/尿/糞便などの臨床検査、心電図、肺機能検査、聴力検査、視機能検査、歯科の診察などからなっています。この定期検査とともに宇宙飛行10日前と2日前に簡単な医学検査と診察がなされます。

さらに宇宙飛行士の健康管理に特有なものとして健康安定化計画があります。これは飛行前のクルーを感染症から守るもので飛行の約1週間前から隔離され外部との接触を必要最小限に抑えるものです。


 2) 飛行中健康管理

現在アメリカのNASAでは国際宇宙ステーションに向け、Health Maintenance System(HMS)、Environmental Health System(EHS)、Countermeasures System(CMS)からなるCrew Health Care System(CHeCS)を構築しつつあります。HMSとして軌道上の救急医療器具キットなど、EHSとして水、空気のガス、微生物モニター、放射線モニター、CMSとしてトレッドミル、エルゴメーター、抵抗運動装置、下半身陰圧負荷装置、酸素や二酸化炭素を計測する代謝ガスモニター、運動中の血圧や心電図の監視装置などが搭載される予定になっています。


スペースシャトルミッションではフライトサージャンが飛行中、ヒューストンにある飛行管制センター(MCC)から24時間体制でクルーの健康に関する安全上のモニターを行っています。さらに1日1回プライバシー保護のもとフライトサージャンとクルーがその日の健康状況について交信を行い必要に応じた指示を与えています。他に生命維持システムの状況、放射線予測被曝量、心電図などの生体情報など総合して健康管理を行っています。過去の経験から宇宙酔いに対する酔い止め薬の注射、筋力維持のための運動療法、帰還直前の生理食塩水飲用による体液補充などのノウハウが蓄積されてきました。短期の飛行ではある程度の効果を上げていますが長期の飛行ではこれからの課題といえます。


 3) 宇宙船外活動

船外活動は宇宙飛行士のみならずとも任務のうち最も魅惑的な瞬間のひとつです。宇宙空間という極限の環境下で無事に作業を可能にしているのがEMU(Extravehicular Mobility Unit) という宇宙服です。このEMUでおよそ6〜7時間の船外活動ができます。宇宙服内は0.29気圧で100%の酸素が満たされています。船外活動時にはたえず心電図などが地上のミッションコントロールセンターでモニターされます。国際宇宙ステーションでは年に1000時間単位の船外活動が必要と想定されています。ですからこれを支える医学も今以上の向上が不可欠でしょう。


 4) 飛行後健康管理

スペースシャトルが飛行を終えて地上に着陸すると、待機していたフライトサージャンによりスペースシャトル内でクルーの健康状態が簡単に評価されます。その後スペースシャトルから降りて、診療所で診察、検査がなされます。さらに3日後、より詳しい検査が行われ、異常がなければ飛行前の通常の健康管理活動に引き継がれます。


 5) 国際宇宙ステーションでの健康管理

シャトルミッションとちがい、1人3〜6ヶ月の滞在を基本とした長期滞在を主とした健康管理が必要となります。また飛行前の健康管理、飛行後のリハビリテーションも長期滞在向けとしてよりきめ細かい対応が必要となり、国際的に健康管理がなされる予定です。



長期宇宙滞在に向けた体系的な対策法の構築


宇宙医学研究開発室では宇宙飛行に伴う生体への影響を最小に抑え、宇宙飛行士の健康とパフォーマンスを維持することを目的として、長期宇宙滞在に向けた体系的な対策法の構築(健康管理技術開発)に着手しています。

日本人宇宙飛行士の長期宇宙滞在開始までの短期間に最も重要で必要最小限な健康管理技術を開発するために、当面以下の4つのテーマを最重要課題として具体的な対策法を開発しています。

健康管理技術開発は宇宙飛行士の健康管理に実際に関わる内容であり、日本人宇宙飛行士の健康管理を担当する宇宙医学研究開発室が計画を立案し、国内の専門家からの助言や支援と評価をもとに修正を受け、各宇宙機関担当者との調整を経て運用、実施されます。

 1)宇宙飛行前、中および後の運動処方の確立


長期宇宙滞在に伴う筋・骨・循環系などのdeconditioningを予防し、パフォーマンスを最大限に引き出すための飛行前・中・後の運動処方を計画、実施します。


 2)心理的支援手法の構築


国際宇宙ステーションに長期滞在する日本人宇宙飛行士の精神/心理を健全な状態に維持するために必要な具体的手法と手順を確立することを目的とします。


 3)宇宙放射線被曝管理システムの構築


宇宙飛行士の宇宙放射線による被曝を適切に管理するためのシステムを構築することを目的とし、本システムは、運用基準(被曝限度、放射線障害防止のための健康管理計画等)、被曝量予測システム、宇宙放射線計測システムからなっています。


 4)軌道上の医療管理システムの構築


国際宇宙ステーションに長期滞在する日本人宇宙飛行士に対する地上からの健康管理を実施するにあたり、必要となる地上設備を開発整備するとともに、軌道上の設備を含めた医療管理システムのあり方について検討します。



スピンオフ

宇宙医学研究は地上への医学にどう貢献しているのかという疑問をお持ちの方も多いでしょう。病人を診察治療する医学と違い、選び抜かれた健康人を相手にする宇宙医学は、宇宙空間が健常人に与える悪影響を克服していく学問です。これまでそれらの研究開発から得られ、地上の我々に直接役立つよう応用されたものがあるので紹介しましょう。


 1) 血液分析装置

医療機器のひとつに血液分析装置があります。70年代のスカイラブにおいて、当時の血液分析装置をそのまま宇宙に持っていくのは、装置が非常に大型であることや無重量できちんと作動しないため無理でした。NASAが中心となって開発した遠心分析装置はトースターの大きさでわずか1滴の血液で80もの項目を検査できる画期的なものでした。


 2) 視力回復装置

近年視力回復センターが街のあちこちでみかけられるようになりました。そこで活躍するAccommotracシステムは、毛様体という眼のレンズの厚さを調節する筋肉がきちんと働くよう教える装置で、宇宙医学の研究から生まれた産物のひとつです。開発したNASAの研究者自身も自分の近視を相当に改善できたそうです。


 3) 加温食事配膳機

病院に入院中の3度の食事は楽しみの1つですが、食事が暖かいか冷めているかは入院生活を左右する大事な要素です。現在の病院で使われている加温食事配膳機は実は1966-67年にアポロ月探査船用としてNASAが開発したものに端を発します。


 4) その他


他にも大気ガス測定用に開発された低温レーザーを応用した冠状動脈形成術、体の活動状態に応じて心拍数を変化させることのできる先端ペースメーカー、幼児視力検査システム、バッテリ技術を応用した深部体温測定カプセルなど枚挙にいとまがありません。また今後の宇宙医学の研究成果から応用の可能性があるものでは骨粗鬆症の予防治療、筋萎縮疾患への治療法、脳梗塞や心不全患者のリハビリテーションプログラムなどがあります。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)では健常なボランティアに協力してもらいベットレスト研究を行っています。この研究では人を水平より6度頭を下の方にして寝かせておくことによって宇宙での無重量状態の時と同じような体の状態を作り出しています。これを利用して数日間ベットの上で生活してもらい筋肉や骨の変化そして血液の循環する動きを観察することにより宇宙飛行士の健康管理に役立てようというものです。このほかにもJAXA筑波宇宙センターにて宇宙飛行士の健康管理に役立てるように着々と医学研究が行われています。



おわりに

人類史上かってない巨大な建造物が宇宙に建設されています。いよいよ日本人も本格的長期宇宙滞在の時代に突入しようとしています。1940年代の航空医学を出発点に発展した宇宙医学は、宇宙飛行士のみならず、人類が宇宙へ活動領域の拡大を求めて羽ばたこうとしている今、必要に迫られ急速に進歩している学問です。われわれ地球人は複数国が作る宇宙の実験室を科学の進歩や地球環境に役立つように、また未来を担う子供たちが安心して地球に住むことができるように役立てていこうとしています。今後より多くの人たちが有人宇宙開発の意義を理解してくれることを期待します。


リンク
日本宇宙航空環境医学会
名古屋大学環境医学研究所


最終更新日:2005年5月25日

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