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最終更新日:2015年4月13日

実験の背景


人間が宇宙に長期滞在する上で最も深刻な問題の一つに筋肉の萎縮があります。地上では重力に抗してからだを支える力が自然に働いていますが、宇宙の微小重力下ではからだを支える必要がなくなることから筋肉の萎縮が生じると考えられます。

人間だけでなく、モデル生物である線虫Cエレガンスを用いてこれまでに行った宇宙実験の実験結果から、宇宙では線虫でも筋肉細胞が痩せることがわかりました。線虫は全身がたった1,000個の細胞で形成され、なかでも筋肉細胞は100個しかありません。その少ない筋肉細胞でも宇宙での無重力の影響が出ました。

さらによく調べてみると、宇宙で育てた線虫は餌が十分あったにもかかわらず、代謝やエネルギー生産に関わる遺伝子群の発現(働き)が低下していました。例えば栄養が足りない時に発現が増えてくるsirtuin(サーチュイン)遺伝子が活性化していました。サーチュイン遺伝子は長生き遺伝子、抗老化遺伝子とも呼ばれ、その活性化により生物の寿命が延びるとされています。

これらの結果は、微小重力下において線虫は、 1)エネルギーをたくさん使わなくてよい状態になってカロリー制限の応答が生じ、その結果、筋や細胞骨格タンパク質の発現低下につながること、または 2) 筋や細胞骨格タンパク質の発現が低下した結果、エネルギーをあまり使わなくてもいい状態になる。これら両方の可能性を示唆しています。

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図1 東北大学提供

線虫についてはEpigeneticsSpace Agingに説明しております。合わせてご覧ください。

2009 年CERISE実験では、宇宙でRNA干渉の効果と利用の有効性の検証に成功しました。同時に、筋萎縮が線虫においても観察され筋タンパク質と細胞骨格タンパク質の発現が低下することを見出しました。また細胞を使った実験なども総合し、「微小重力が一つ一つの細胞レベルで影響を及ぼし、個々の筋細胞において、筋肉タンパク質の発現が抑制され、最終的に萎縮に至る」という仮説を提唱するに至りました。


実験の目的


この研究は、地上でも多くの生命科学研究に用いられるモデル生物の一つである「線虫」(学名Caenorhabditis elegans)を国際宇宙ステーション内で培養して地球に持ち帰り、筋繊維や核・ミトコンドリアの状態を顕微鏡で観察し、重力の影響による違いを調べます。以前の宇宙実験では代謝やエネルギー生産に関わる遺伝子群の発現に低下がみられました。カロリー制限時にみられるsirtuin(サーチュイン)遺伝子の発現量やタンパク質の量も変化しました。しかし前回の実験では、線虫の筋肉細胞を実際に見たわけではなく、凍結で回収した線虫からRNAとタンパク質を抽出して分析した結果でした。そこで、本実験では実際に、線虫の細胞を観察して、筋繊維や細胞骨格が微小重力環境の影響で変化しているのかを確認します。さらに、筋繊維や細胞骨格の変化には伝達の経路(insulin/IGF-1やTGF-βシグナルなどの制御系)が関与するのかを調べます。線虫の野生型と突然変異系統、さらに緑色蛍光タンパク質や赤色蛍光タンパク質を導入した線虫を用いて検証します。

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図2 目的 東北大学提供

実験内容


本実験では緑色や赤色の蛍光タンパク質遺伝子を導入した線虫や特徴のある線虫を使います。宇宙実験には9種類の線虫を用います。

【表3】Nematode musclesで使用する線虫 東北大学提供
系統 特徴 phenotype
1) SD1590 野生型の線虫。筋細胞の核とミトコンドリアが見える。 Muscle Nuclei
Muscle Mitochondria
Intestine
2) HI1002 短寿命の線虫。筋細胞の核とミトコンドリアが見える。 Muscle Nuclei
Muscle Mitochondria
3) HI1003 長寿命の線虫。筋細胞の核とミトコンドリアが見える。 Muscle Nuclei
Muscle Mitochondria
The most cells
4) TJ356 野生型の線虫。DAF-16タンパク質が見える。 DAF-16 protein localization
5) RW1596 野生型の線虫。筋繊維が見える Muscle myosin fiber
6) BC20374 野生型の線虫。筋細胞が見える。 Muscle area and mass
7) LT121 変異型の線虫。体が短い。 Short
8) BW1940 変異型の線虫。体が長い。 Long
The most cells
9) CB15 接触刺激の変異型の線虫。尾が曲がっている。 Tail bend
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図4 蛍光タンパク質で可視化した線虫 東北大学提供

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図5 体の特徴で識別できる線虫 東北大学提供

国際宇宙ステーション内で培養して化学固定し、冷蔵状態で地上に回収します。スペースエックス社のドラゴン補給船6号機(SpX-6)で国際宇宙ステーションに運び、「きぼう」日本実験棟内で培養を開始します。

実験に使う器具を図6に示しています。線虫の入ったシリンジと、線虫の餌となる大腸菌の入った培養バッグを冷蔵(12℃、Space Agingで使う保冷ケース)で打ち上げ、軌道上で混合します。培養バッグをホルダに入れてSpace Agingで用いるキャニスタの端に収納し、細胞培養装置に設置します。装置上段の微小重力区とともに、下段の、回転で生じる遠心力による1G負荷区とを使い、それぞれ20℃で培養します。線虫は4日で成虫になるので、培養バッグのなかの線虫を培養液ごと吸い取り、化学固定機器内に注入します。化学固定機器によりホルマリンで固定して冷蔵します。打ち上げと同じドラゴン補給船で冷蔵状態のまま地球に帰還させ、日本に運んだあと解析に供します。

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図6 使用する器具の紹介 JAXA提供

ココがポイント!


筋萎縮やカロリー制限についてはsirtuin(サーチュイン)をはじめ同様の遺伝子制御機構がヒトにおいても知られています。本提案による仮説が検証できれば、長期有人飛行計画、月面基地計画など将来の長期有人宇宙活動における宇宙飛行士や地球上の生物を宇宙で育てた際の影響や適応性の理解を深めることにつながります。また見つかった因子を応用し、宇宙や地上における筋萎縮を抑制する薬剤等の開発に寄与します。

by Sachiko Yano


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