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もっと詳しく知りたい人のための解説


人間の体は約六十兆個の細胞の集まりですが、実は、細胞1個1個にも重力がかかっており、細胞自身が重力の有無を感じることができます。でも、細胞がどのように感じているか。その仕組みはまだ分かっていないのです。

これまでは、細胞の膜タンパク質は、細胞の障壁を作っている細胞膜に単に浮かんでいると考えられていました。しかし、2012年に、曽我部先生の研究グループが、細胞膜の脂質成分が膜タンパク質の膜表面近傍のアミノ酸残基と非常に強く結合していることを発見しました(Sawada Y, Murase M, *Sokabe M (2012) Channels, 6(4): 317-331)。この発見は、細胞膜のゆらぎがその結合部位を介して、膜タンパク質の立体構造、活性に大きな影響を与えている可能性を示唆します。この発見により、機械的ストレス感知の根源は細胞膜とそこに連結する細胞骨格のゆらぎにあるという考えが生まれました。

これまでの、機械的ストレスの感知機構の研究は、ストレスセンサーを見つけるところに注力されてきました。また、高圧環境でのタンパク質の構造解析研究などにより、タンパク質構造への微小重力の直接的な影響はほとんどないことが明らかになりつつあります。一方、細胞を伸び縮みするシリコン膜上で培養して引っ張りストレスをかけると、細胞膜上のカルシウム(Ca2+)チャネルやタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)が活性化することがわかっています。さらに、長期間微小重力環境で培養した細胞膜の脂質成分が変化していることも報告されています。また疑似微小重力環境(クリノスタット回転)を用いた地上実験(未発表)に基づいて、曽我部先生は、細胞全体にかかるような、微小重力ストレスの感知には“細胞膜/アクチン細胞骨格のゆらぎ”が重要な働きをしているという仮説を提唱されています。本研究は、微小重力ストレスの感知は、微小重力で生じる膜/アクチン細胞骨格の張力ゆらぎの変化を、これに連結するメカノセンサー分子が感知することで行われることを世界で初めて明らかにすることを目指しています。ここで微小重力ストレスとは、重力がなくなることによって細胞の変化が引き起こされることを言います。

微小重力環境で起こる膜/細胞骨格の張力変化で活性が変化する骨格筋細胞の機械受容チャネルや機械感受性膜プロテアーゼを特定することにより、またその下流で働くシグナル分子を同定することで、筋細胞固有の微小重力センサーやシグナル系も明らかにすることができます。さらに、それらの阻害剤、活性剤を利用することにより筋萎縮治療薬としての可能性も探ることができます。

私たちは、あるものの硬さが分からない時、どうするでしょうか?きっと皆さんは、そんな時、押したり引っ張ったりしてその硬さを調べるでしょう。そのものが硬ければ押しても押し返されびくともしませんし、引っ張っても引っ張り返されて伸びません。一方、柔らかい時は押したり引っ張ったりすると簡単に変形するので、柔らかいことが分かりますね。小さな細胞も、私たちと同じようにして、足場の硬さを感じていると考えられます。細胞は、『接着斑』という足を使ってコラーゲンのような足場に接着します。接着斑は細胞膜の中にあり、細胞の中では、その接着斑から細胞骨格と呼ばれる骨組みのようなアクトミオシン線維が伸びています。実はこれが特別な骨組みで、線維自身が筋肉のように力を発生し縮むことができ、繋がっている接着斑を通して細胞の足場を引っ張ることができます。このとき、足場の硬さに応じてアクチン細胞骨格と、それに連結する細胞膜に張力の変化が生じます。細胞は、どうやら私たちと同じように、ときどき足場を引っ張って、そこが堅いかどうかを調べているらしいのです。細胞が引っ張った時に足場が強く反発すれば、そこが堅いことが分かるのです。

我々の細胞の中には、比重が大きく重いミトコンドリアや核などの細胞内小器官があります。それらには、前述したアクチン細胞骨格が繋がっているのです。細胞の骨組みに核やミトコンドリアなどの重りが乗っかったり、吊り下がっている様子を想像して下さい。アクチン骨格はその収縮力で生じる張力で足場を引っ張っているのですが、地球上では、その骨格につながっている比重の大きな核やミトコンドリアに対する重力によって細胞骨格には更なる力が加わって、細胞骨格単独よりもより大きな張力が生じています。一方、無重力状態になると、これらの重りによる力が無くなります。細胞は、あれ軽くなったな、重りが無くなって骨格に掛かる力が変わったな、と感じているかもしれないのです。実際に、細胞を逆さまにしたりして、重力の影響を変えてみると、細胞は骨格を組み直しますし、ミトコンドリアの構造も変化します。これらは、骨格に掛かる力が変化したことを細胞が感じた結果である可能性があります。宇宙空間で細胞がアクチン細胞骨格を使って足場を引っ張った時には、地上の時よりも骨格に生じる張力が減るために、足場が柔らかくなったかなと感じ、その感覚の違いを通して重力が無くなったことが分かるのかもしれないのです。

細胞が足場の硬さを感じる仕組みと無重力状態を感じる仕組みに共通する部分があれば、宇宙では細胞の硬さの感じ方が変わってくるかもしれません。細胞は、それぞれ好きな硬さがあります。硬い方が好きな細胞は、硬い方へ向って動いていきます。また最近、多分化能を有する間葉系幹細胞の分化が足場の硬さで制御されるという驚くべき事実が発見されました。柔らかい足場では神経細胞、とても硬い足場では骨形成を調節する細胞、中間の硬さの足場では筋細胞へと分化するのです。ですから宇宙では、幹細胞の分化に変化が起こるかもしれません。今回の宇宙実験でその可能性が検討される予定です。

私達の体の中では、皮膚をはじめ様々な臓器で絶えず組織の崩壊と修復が進行しています。この修復機能無しには命が保てません。修復(再生)機能は大変複雑です。例えば表皮の修復は、残存した細胞が形質転換(脱分化)したのち、移動、増殖し、最後に再分化と増殖の停止で終了します。この細胞移動でも足場の硬さ感知機構が重要です。また細胞が損傷部を覆い尽くして細胞同士が押し合うようになると、細胞はこの押し合う機械的ストレスを感知して増殖を停止します。がん細胞では、この機能に欠陥があり、細胞が増え続けて腫瘍を形成します。このように、細胞が機械的ストレスを感知する仕組みの研究は、重力感知機構という基礎的問題に留まらず、筋萎縮や骨粗鬆症、あるいはがんや再生医療など、とても重要な医学的問題の解決に直結しているのです。

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