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実験の背景と目的


骨格筋は、人の活動状態の影響を最も受けやすい器官です。身体活動の程度により、その重量は大きく変化します。つまり、宇宙フライトや寝たきりにより、筋量が大きく減少しますが、一方で運動トレーニングをすれば増加します。これらのことから、骨格筋細胞には機械的ストレスのセンサーが存在することが考えられますが、その実態はまだ明らかではありません。細胞自身がどのようにして重力を含む機械的ストレスを感知するかについては、まだ明らかになっていないのです。

一方で、細胞が重力を感じることと、硬さを感じることには密接な関係があります。細胞は細胞膜にある接着斑という装置を介して時々足場(基質)のあちらこちらを引っ張りながら(図1A, B)、その硬さを調べています。足場が硬くて引っ張り返される力(反作用)が強いと、細胞は、足場の近くにある特別なメカノセンサー(イオンチャンネル)のスイッチをオンにする、と考えられていますが、実は、細胞が重力の有無を感じる際も同じ仕組みを利用しているのではないかと予想しています。接着斑には引っ張る力を発生する線維(アクトミオシン線維でストレス線維と呼びます)がついていますが、その線維にはミトコンドリアなどの比重の大きな重りが乗っかったり、ぶら下がっています(図2)。ですから、重力の有無により、足場を引っ張る力に差が出てくるのではないか、というわけです。細胞は、線維とそこにつながっている細胞膜の張力の揺らぎの変化を通してその力を感じ、重力の程度を感知できるのではないか、と考えられます。また、張力のゆらぎの大きさに応じて細胞膜上のチャネルや酵素の活性を調節していると考えられます。

図1 アクティブタッチと接着斑でのCa2+応答

A.細胞は我々と同じように対象(周囲の細胞や基質)を引っ張りながら、その硬さを調べていると考えられます。

B.やわらかい基質の上ではCa2+応答は小さい(上図)。硬い基質の上では、大きなCa2+応答が起きます(下図)。


図2 重力感知の分子モデル 細胞内のストレス線維は基質の硬さに応じた張力を発生します。ここでは比重の大きいミトコンドリアの質量負荷による更なる張力が重力感知に関わるという仮説です。この張力の増減は膜張力の増減を引き起こし、近傍のCa2+透過性機械受容チャネルや機械感受性膜酵素の活性を調節し、筋肥大/筋委縮を導くと考えられています。

実際の宇宙実験でも足場の硬さを変えて細胞の反応を調べます。同じ足場でも、地上と宇宙で反応の違いがあれば、細胞が足場を引っ張る力が変化し、細胞膜の張力の揺らぎの変化を通して重力を感じていると推測されます。細胞の骨組みや足場と接着している部分、そしてミトコンドリアの動態を詳細に観察することで、そのメカニズムを明らかにします(図3)。

無重力状態で運動をしないと、筋肉が萎縮することが分かっていますが、この筋萎縮には、細胞の中の特殊な酵素の働きが関係している可能性が示唆されています。この研究は徳島大学の二川健先生と共同で行いますが、二川先生は、スペースシャトル実験と2010年の国際宇宙ステーションでのMyo Lab実験を実施し、ラットの細胞を用いて筋萎縮の仕組みを研究しました。そこで得られた成果をもとに選定された薬剤を今回の実験に使用し、宇宙での筋細胞への効果を確かめます。

重力の有無を感じる、そしてその結果としてさまざまな酵素が働く、この仕組みを突き止めて、それをうまくコントロールできる薬剤を作れば、宇宙での筋萎縮の問題も解決できるかもしれません。そしてそれは、地上での筋萎縮の治療にも役に立つことでしょう。

図3 細胞の骨組みや足場と接着している部分、そしてミトコンドリアを詳細に観察することで、そのメカニズムを明らかにします。重力があるところでは沈んでいるミトコンドリアが、無重力では浮き上がり、断裂することによって細胞へ悪影響を引き起こすという仮説です。

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