研究者インタビュー - 宇宙実験にかかわる研究者たちの熱い思いをお届けします。

バイオマス研究者が考える本当の持続可能社会

五十嵐 圭日子 - 東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授

山口県出身。1971年生まれ。
1994年 東京大学農学部林産学科 卒業。
1994年 東京大学大学院農学系研究科林産学専攻 修士課程。
1996年 東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 博士課程。
米国ジョージア大学生化学分子生物学科 派遣研究員。
1998年 日本学術振興会特別研究員(DC)。
1999年 日本学術振興会特別研究員(PD)。
スウェーデン ウプサラ大学バイオメディカルセンター 博士研究員。
2002年 東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 助手。
2007年 身分変更により同上助教。
2009年 東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授(現職)。
2016年 VTT Technical Research Centre of Finland Ltd。 客員教授。

第3回目のインタビューは、地球最大の未利用バイオマスであるセルロースを分解する酵素「セルラーゼ」研究者として著名な東京大学大学院農学生命科学研究科の五十嵐圭日子 先生です。ご自身の名前の由来から地球環境のことまでお話し頂きました。

小松 晃之 - 中央大学理工学部応用化学科教授

名前の由来
常識を疑うということ

本日はどうぞよろしくお願い致します。

(五十嵐先生)
よろしくお願いします。

早速ですが、TEDを拝見しました。
やはり五十嵐先生は個性的なお名前をしていらっしゃると言われることは多かったのですか?

(五十嵐先生)
昔からよく言われていました。

おじいさまが五十嵐先生のお父様に「子」のつく名前をつけたのがはじまりとのことですが、由来をお聞かせいただけますでしょうか。おじいさまは「子」がつく名前ではないとのことですが。

(五十嵐先生)
五十嵐神社というところが新潟にあります。第11代垂仁天皇の皇子に五十日足彦命(いかたらしひこ-のみこと)という人がいて、五十嵐神社の祭神になっています。この人に「ひこ」というのがついてます。だからという訳ではありませんが、名前に「ひこ」とついていても、まぁ不思議ではないかなと思っています。ただ、「彦」ではなく「子」をつけているので、間違いなく女の子に間違えられるだろうことは想定できていたと思うんですが・・・。実ははっきりした理由はわからないんです。ただ事実として、祖父が父や叔父に「日子」を使い、父は私や兄に同じように「日子」と付く名前をつけました。

五十嵐先生のお父様が先生やお兄様に自分と同じ「日子」と付く名前をつけたというのは、その名前にポジティブなイメージがあったということなんでしょうか?

(五十嵐先生)
そうなんだと思います。名前に関することで悪いことよりも良いことのほうが多かったから、自分の子供にもつけたんでしょうね。さらに私も兄も自分の息子たちに「日子」のつく名前をつけています。三代続くとなんとなく伝統っぽくなってきましたね(笑)

インタビュー風景

確かにそうですね。

(五十嵐先生)
一方で「子」が付く名前が女性の名前として流行したのも1900年代前半から1970年代くらいの短い期間だけで、それ以前は特に女性の名前だという常識はなかったようなんですね。最近も女性の名前のイメージこそついてますが、名前人気ランキングにはほとんど入ってません。こうやって考えると常識ってなんだろうと思ってしまいますね。

それは面白い話ですね。常識を良い意味で疑うというのはサイエンスに通じるものがあります。

(五十嵐先生)
そうなんです。それで言うと、富士山が日本一の山でなかった時代もありますよ。台湾には富士山よりも高い山が2つもあります。日本の台湾統治期には、標高3,978mの玉山が「日本一の山」として教えられていたそうです。そうやって考えると、常識だと思っているものでも、よくよく知ったり、考えたりすると、絶対に間違いないものから、現時点ではそうなっているだけで実はあやふやなものまで色々あることがわかります。でもこういう姿勢はサイエンスにおいても大事な点です。

研究に携わるようになると、すんなりと受け入れられる考え方ですが、大学生になった当時、教科書に書いてあることが間違いだとわかり、
覆されることがあることを知ったときは衝撃でした・・・

(五十嵐先生)
教科書ですから良く推敲して作られているでしょうし、作成時点の科学的結果を基に作られているわけですが、科学の世界ではその前提がひっくり返ることはしばしば起きますからね。現時点で、最も確からしいことが書いてある、ということなんですね。

学生時代
国語、理科、発明、そして研究へ

現在、科学の研究者となられた五十嵐先生ですが、小さい頃から理科が好きだったんでしょうか?

(五十嵐先生)
じつは、小学生の頃は国語のほうが好きでした。というよりも文章を書くのが好きだったんです。
大阪府の読書感想文コンクールでも賞をとったことがあります。

そうなんですか。本を読むのもお好きなんでしょうか?

(五十嵐先生)
いや、読書はあまり好きな方ではありませんでしたね。もっぱら書くほうが専門です(笑)

私は、読書感想文というと嫌な思い出しかありません・・・

(五十嵐先生)
普通はそうですよね。そういう意味ではちょっと変わっていたかもしれませんね。ただ、中学生になってからは理科が好きになっていきました。理科の先生がすごくいい先生だったんです。この先生の授業の一環で、発明コンクールに応募することになり、中学3年生のときにはそれで賞をもらうことができました。

最近、「バイオリファイナリーの実現に向けた多糖分解酵素の渋滞解消」という研究で市村学術賞の貢献賞というのを頂いたのですが、実は子供の頃にもらった発明コンクールの賞というのが、市村学術賞の小中学生版である市村アイデアサークル賞(現アイデア賞)努力賞だったんです。後で知ったんですが、子供の頃と大人になってからの両方で市村学術賞をもらったのは私が初めてだったみたいです。

それはすごい話ですね!逆に、他に賞をもらった方は違う分野で活躍されている方が多いのでしょうか?

(五十嵐先生)
それは私も気になってるんですよ。私は素直にそのまま科学者の道に進んだんですけどね(笑)

ちなみに当時はどんなアイデアで賞を取られたんですか?

(五十嵐先生)
「測れるセロハンテープ」です。切った後のテープの長さをきちんと決めて切れるように工夫したんです。その後、このアイデアはいろんなところで真似されてましたね(笑)

発明を通して科学の面白さにはまっていったということでしょうか?

(五十嵐先生)
そうですね。それとやはり先生との出会いが大きかったと思います。高校の化学の先生も面白い人でしたね。それで化学が好きになりました。でも、大学に入ってから学んだ化学は高校の頃とは比べ物にならないくらい難しくて、ちょっとショックでしたが(笑)

インタビュー風景

大学では化学が専門だったんですね。学部生の頃は何をされて過ごされていたんですか?

(五十嵐先生)
勉強をした記憶は一切ありません(笑)。ずっとテニスをしてました。入ったサークルが強烈なところで、週8回練習があるんですよ。

8回!曜日が足りませんね・・・

(五十嵐先生)
休みは一日あるんですが、朝練が2回ありました。

学部生の数年間はテニスに捧げたということですね。

(五十嵐先生)
そうです。いまはもうほとんどしなくなりましたが。ちなみに農学部に来たのも当時の成績が芳しくなかったからです。
特に林産学科というのは人気がなかったですね。今でも農学系はあまり人気がないですけど。

今でもそうなんですか?バイオという言葉がわりと一般的になってきたと思っていたので、ちょっと意外です。

(五十嵐先生)
昔に比べると確かに多少ましになった気はしますが、やはりバイオは医学系のイメージなんじゃないでしょうか。しかも我々は林産ですからね。学生からすると、「林産とバイオ」と言うのは、「JAXAとバイオ」くらいイメージとしては離れているんでしょう。

確かに、私も学生の頃に持っていた農学部のイメージは「田畑」とか「農業・林業」でした。

(五十嵐先生)
そうなんです。だから当時も林産学科は木こり学科とか呼ばれてました。でも実際に木を切る実習もあったので、完全には否定出来ないんですが(笑)

なるほど(笑)。でも、私は生命科学研究に携わるようになった今になって、農学部に入っておけばよかったと思うことがあります。

(五十嵐先生)
実は私も今更ながらそう思っているんですよ。

研究生活
研究者・研究テーマとの出会い

今は研究者としてご活躍の五十嵐先生ですが、企業への就職を考えられたことはありますか?

(五十嵐先生)
実は元々、普通に就職しようと思っていました。研究室に入った時、ある会社から奨学金をもらっていたので、卒業したらその会社に入るつもりでいました。しかし、卒業前にその会社が他の会社と合併したんです。それによって会社の方針が変わったんでしょうね。突如、会社の方から「当面の間、研究職は取らないことになった。研究職でなくても良いなら来てください」と言われました。その頃には研究の楽しさもわかり始めていましたし、企業に就職しても研究は続けたいと思っていたので迷いましたが、結局、大学院に進学することにしました。その時、ダメ元で企業の方に「大学院生用の奨学金はありませんか?」と聞いてみたんですが、「研究職を取らない方針になったから、当然、大学院生用の奨学金制度も考えていない」と言われてしまい・・・。まぁ、当然といえば当然なのですが、当時は結構ショックでしたね。

子供の頃から発明好き・科学好きとのことでしたので、最初からアカデミックな研究者希望なのかと思っていたので意外です。

(五十嵐先生)
今の大学教員と昔の大学教員は、かなり特徴が変わってきているようにも思います。いわゆる「ザ・研究者」みたいな人もいますが、多様な経歴を持った人も増えてきているんではないでしょうか。

大学院進学後はどんな研究をされていたのでしょうか?

(五十嵐先生)
今とまったく同じですね。研究をやり始めてからの論文は、ほとんどすべてセルロース系バイオマスからエネルギーを取り出したり、有用な物質に変換するための基礎的知見であったりアイデアに関わるものです。

研究は続けること自体が大変ですから、それだけでも本当に尊敬します。

(五十嵐先生)
研究者によっていろいろなスタイルがあると思いますが、ここまで続けてこられたというのは非常に幸運だったと思います。研究を始めた頃はわかりませんでしたが、世の中の流れもあったと思いますね。当時はまったく人気のない分野だったし、更に石油・天然ガスが安価に大量に取れるようになると、ますますセルロース系バイオマスの研究は下火になりました。ある意味では時代に翻弄されてきた学問なわけですが、近年になって「持続可能社会」だとか「クリーンエネルギー」だとか、普通に聞こえるようになって、一般の人も「このままの生活がずっと続くわけがない」ということに気づき始めてきました。それと同時に、この分野の必要性もだんだんと認知されるようになってきたということだと思います。

研究テーマはずっと一貫している一方で、それを明らかにするための実験手法はいろいろと最新のものを取り入れてこられたという印象があります。

(五十嵐先生)
そのとおりです。私は新しいものが大好きなので、試してみたくなるんですよね。「この手法を自分の研究に当てはめると、どんなことができるだろうか」と常に考えてます。宇宙実験も同じですね。話が出たときには「絶対やりたい!やります!」と思いました。

信念と頭の柔らかさが同時に必要ですね。知らない実験手法を実践するというのはとても勇気のいることだと思うのですが?

(五十嵐先生)
それよりも試してみたいという気持ちが強いということですね。試してみたい技術を持った人を自分で探して、実際に会って話をしてみて、意気投合すれば一緒に共同研究をする、というのが私の研究の進め方です。

他の研究テーマに興味が移ったことはありますか?

(五十嵐先生)
いろいろな実験手法を試しているので、今の研究自体、あまりマンネリになったことがないんです。むしろ、色んな角度から研究を進めてきたので、いつも新しいことをやっているという印象のほうが強いです。

研究者人生の中で、最も印象に残っている出来事はなんでしょうか?

(五十嵐先生)
やはり、セルラーゼがセルロースを分解している姿を直接観察することに成功したことでしょうか。高速原子間力顕微鏡を利用することで得られた成果ですが、私の中で「コレができれば自分たちのやっている研究をトップサイエンスに持っていける」という確信がありました。ただ、それを実現する手法がなくて、10年以上も寝かせてしまいましたが・・・。その後、実験技術に進展があったことで達成することができたのですが、実験結果は科学雑誌サイエンス(注:自然科学系の学術論文を掲載するトップジャーナル)にも掲載されました。それは嬉しかったですね。

高速原子間力により捉えられた画像

高速原子間力により捉えられた画像。セルラーゼがセルロース結晶上を右から左へ移動している。時間経過とともにセルラーゼが"渋滞"を起こしている(出典:東京大学)

私も、この実験成果を初めて見たときは本当に興奮しました。ここまでの成果を出すまでにはいろいろとご苦労があったのでは?

(五十嵐先生)
研究者、とりわけ私たちの研究分野は、自分たち自身で可能性に壁を作ってしまっていることが多いと感じています。「この研究分野は一般の人に影響を与えるようなサイエンスにはなりえない」という話もよく聞きました。だから、より一般性の高い、誰もが興味をもつような成果を取り上げるサイエンスやネイチャー(注:サイエンスと同様、自然科学系の学術論文を掲載するトップジャーナル)に論文が載るなんてことは、夢のまた夢だと。私もずっとこの分野にいますから、そういう場面を何度も見ましたし、そういう環境で育ってきています。でもずっと、「本当にそうだろうか。自分はこんなに楽しんでいるのに、それを伝えることは本当にできないんだろうか」と思っていました。そういう中で、コレさえできれば!というものだったので、実現したときには本当に嬉しかったです。自分のテーマはしょぼいからとか、面白くないからとか、そういうふうには思いませんでしたし、思いたくもありませんでしたからね。それに、どんな研究でも真剣にやっていれば絶対に面白いところはあるはずですよ。

そういう意味では、うちのボスの鮫島先生(鮫島 正浩 教授。東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻森林化学研究室)もそうだし、大学院生のときにお世話になった当時ジョージア大学におられたエリクソン先生(Karl-Erik L. Eriksson。生化学者)も、とにかく研究を楽しむんですよ。エリクソン先生なんかは、当時もう70歳を超えておられたと思うんですが、新しい結果が出ると子供のように喜んだりして、本当に楽しそうでした。そういう人も見てきているので、モチベーションを落とさずにやってこられたのかもしれません。

アメリカ留学時代

立岡さん(注:立岡美夏子さん。森林化学研究室所属(D3))はそういった研究生活のハイライトみたいなものはすでに経験されましたか?

(立岡さん)
私は、先輩方が長年実施されて、かなり研究が進んできたものを引き継ぎました。最初は、すごく頭のいい人たちが真剣に進めてきたものを、今の私が引き継いで何ができるんだろう、と思ったんです。それが5年くらいやってくると、だんだんと自分でも言いたいことが出てくるようになりました。大きなトピックスみたいなものはありませんが、ああこれが研究なのかなぁ、と思えるようになりましたし、自信にもつながりました。

着実に研究者の道を歩んでいるんですね。

(立岡さん)
当時の私は勉強は好きだったんですが、なんでも書いて有ることを鵜呑みにして満足するタイプだったと思います。それが研究生活を続ける中で、教科書どおりにいかないこともたくさんあることを五十嵐先生から学びましたし、自分も体験してきました。

(五十嵐先生)
ということらしいです(笑)

着実に後進が育っていて頼もしいですね。五十嵐先生は楽しそうに実験されていますか?

(立岡さん)
はい。五十嵐先生と実験をしていると、今やっていることが本当に面白くて、価値のあることだと思わせてくれます。

(五十嵐先生)
思わせているのではなくて、本当に楽しいんだよ!

インタビュー風景

研究と教育
自分が楽しむ姿を学生に見せたい

研究者として大切にしていることは、やはり楽しむことですか?

(五十嵐先生)
そうですね。もちろん楽しむためには努力しないといけませんが、基本はそこにむかって努力しているということです。学生の出してきたデータを見るときも、この結果のどこが楽しいのかを探り出すということを一生懸命やることにしています。それは自分のためでもありますが、とりわけ学生のためにしている面が大きいですね。大学で研究をしていると、自然に若い学生を相手にすることが増えます。そのやり取りの中でよく思うのは、実験にしろ、実験結果の考察にしろ、表面だけを見て「これはつまんない」、と判断しているケースがあります。実際には、そこをもう一歩振り絞って突き抜けると、面白いものがあるはずなんですよ。そこをやらずに戻ってしまうことが多いんじゃないでしょうか。自分のこれまでの経験をとおして、さらにそう思うようになりました。研究だけに限らずどんなものでも同じかもしれませんね。

それこそ、現在、サイエンスとかネイチャーに出ている研究なんかも、一番最初の頃は表面的にはあまり面白くなさそうに見えても、一歩、踏み出して壁を壊した研究者がいたんじゃないかと思うんですよね。その壁の先に何かがあることに気づいた研究者がいたからこそ、その後の進展があったんじゃないでしょうか。

よくよく考えてみると、こっちの酵素は面白くて、こっちの酵素は面白くない、なんてことが本当にあるのかよくわかりませんよね。そう思うようになってからはむしろ楽になりました。どんなテーマでも突っ込めば面白いことがあるはずだと信じられるようになりましたから。

面白さをどう伝えるか、というのも、とりわけ最近の研究者には求められるようになってきました。

(五十嵐先生)
そうですね。これに関しては、今でも私の子供の頃の国語好きが役に立っています。さらに自分の執筆力を上げるために、若い頃からエッセイなんかを書いていました。そういうのがあるので、伝えるというところでは大きく苦労したということはなかったですね。逆に今の若い人はそのあたりが苦手ですよね。研究に限らずアピールするというのは大事なことですから、意識して磨いたほうがいいと思います。

大学の教員というのは、研究者の他に教育者という側面もあります。

(五十嵐先生)
私は教育者としては向いていないと思ってます。それでも教員になりたての頃は良く教えていたんですよ。でもあるとき、教えるということの重さに気づいて、辛くなってきてしまいました。それよりは自分でやっていることを見せる、前を走ることのほうが、学生にとって実際には効果的なんじゃないかと。自分が真剣に楽しく研究をしている姿を見せることしか、最近は学生に見せられていないかなぁと思います。というかそれしかできないです。

それに自分は年齢を重ねていきますが、入ってくる学生はいつも同じ年代なわけで、段々と歳が離れていくんですよね。昔は歳も近いので、同じ目線で話すことができていたんですが、今になるとそれも難しいですし、まず、学生が私を見る目が変わってきてますから。そういうのもあって段々とやり方をシフトしてきたというのが実情でしょうか。私は今フィンランドでもポジション(VTT Technical Research Centre of Finland Ltd。 客員教授)を持っているのですが、それをしようと思った一つの理由は、こういう道もあるんだと学生に見せたかったというのもあります。

インタビュー風景

宇宙について
身近に感じられるようになってきた宇宙

いま、一番興味のあることはなんですか?

(五十嵐先生)
木や草を食べて生きる生物にずっと興味があります。生物で言えばキノコを含む菌類です。ただ、実験手法も限られますし、生物自体を対象に研究することは非常に難しいので、博士課程に進む頃には、その生物が持っている「木や草を分解する実体であるところの酵素」に注目して研究をするようになりました。「森の掃除屋」とも呼ばれるキノコが、そもそもなんでこんなものを食べることになったのか、なぜ他の生物が食べないものを食べるように進化してきたのか、ということは知りたいですね。しかも、キノコたちが木や草を食べて代謝することは、地球の環境を維持・再生することに一役買っているわけですから、結構壮大な話ですよね。

一見、地味に見えるキノコ・菌類ですが、地球環境や生命のことを考えると、ある意味、隠れた主役であるとも言えるわけですね。

(五十嵐先生)
そのとおりです。ヒトや草木は目立ちますから、地球代表の生物のように見えるかもしれませんが、実際にはキノコ・菌類の果たす役割というのはとても大きいと考えています。

人によって意見は様々でしょうが、宇宙人が地球を見たら、地球はキノコの星だと考えてもおかしくはないと。

(五十嵐先生)
はい。私はそう思います。

研究以外の時間はなにをされているんですか。

(五十嵐先生)
取り立てて何をするというのもありませんが、強いて言えばガンプラ(ガンダムのプラモデル)を作ってますね。
昔あまりできなかった反動ですかね。しかもなまじ経済力が付いてしまったから、財力に任せてエアーブラシなんかも揃えたりして・・・

大人買いってやつですね(笑)

(五十嵐先生)
まさにそうです。そんなに自分の時間があるわけでもないので、一年に1~2個がせいぜいですが、作りもしないガンプラがうちに並んでます。

ガンダムも舞台は宇宙ですね。

(五十嵐先生)
そういえば、最近はJAXAに置いてあるガチャガチャも買ってますね。新御茶ノ水を通るたびにJAXAによってガチャガチャを買ってます。そのおかげで、ほとんど揃ったと思いますよ。

どうもありがとうございます(笑)。子供の頃は宇宙に興味はありましたか?

(五十嵐先生)
ありましたよ。昔、家に宇宙の図鑑があって、サターン(NASAが開発・運用していたロケット。アポロ計画で計12人もの宇宙飛行士を月に送り込んだ)とか載ってたんです。あれを見たときには、いつか宇宙に行ってみたいと思いましたね。残念ながらまだ行けていませんが、今でも思いますよ。子供の頃は宇宙戦艦ヤマトとかガンダムとか、宇宙を舞台にしたアニメもありましたし、宇宙にロマンを感じるきっかけがもっと多くあったような気がしますが、今の子はどうなんでしょうね。

インタビュー風景

宇宙が憧れる場所ではなくなってきているのかもしれません。

(五十嵐先生)
そうですね。夢を見る場所というよりは、身近で現実的な場所になってきたということじゃないでしょうか。私が実際に宇宙実験に参加するようになってわかったんですが、昔は「地球か、宇宙か」みたいな漠然とした対比構造だったような気がします。地球じゃなければ宇宙みたいな。でも今の楽しみ方ってもっと細分化されてますよね。例えば、ただ単に宇宙じゃなくて、重力がないとか、空気がないとか。特殊環境の代表としての楽しみ方ですね。昔は漠然としたロマンはあるけど、そんなに分けて考えてなかったように思います。 いろんなことがわかってきた結果、楽しみ方も個々にマニアックになっているのかもしれないですね。私たちが、それぞれの専門で研究を楽しんでいるように、一般の人もそれぞれの楽しみ方ができるようになってきたと。宇宙に限ったことではないかもしれませんね。今はインターネットを通じて好きな情報にいつでもアクセスできるようになってますから。

私は同じ特殊環境と言う意味で、宇宙と同じくらい深海も興味があります。

(五十嵐先生)
そうですか、私もそうです。実は立岡さんは4月からJAMSTEC(海洋研究開発機構)に行くことになっています。深海も、生物はこんなところにはいないだろう、と勝手に思っていた壁を悠々と超えて存在が確かめられたりするので、面白いですよね。

(立岡さん)
五十嵐先生の興味の影響を受けて、私も興味を持つようになったんです。宇宙と深海と遠いようですが、極限環境という意味では通じるものがあります。

そうだったんですね。もし面白いものが見つかったら教えてください。

(立岡さん)
じゃあ、そのときはぜひ共同研究をしましょう!

若い人に向けて
勉強することで奪われる時間があるということ

研究者になるために、学生のうちからやっておいたほうが良いことはありますか?とよく聞かれます。

(五十嵐先生)
なんでしょうね。勉強でないことは確かですが(笑)

色んな人からお叱りを受けそうです・・・

(五十嵐先生)
たしかに。勉強はもちろんいいことですよ。でも、勉強に時間が取られている状態というのはかわいそうだなと思います。好きな人はいいんですが、受験勉強とかも含めて、ほぼすべての時間を勉強に取られて他のことができない環境は辛いだろうなと。今の子供は本当に忙しそうですからね。だから、うちの息子には大学受験をしない道もあることを提示しました。高専(高等専門学校)もいいんじゃないかと。高専というのは自分のやりたいことがある程度明確なのであれば、良い選択だと思います。早くから実践経験を積めますし、学ぶ必要性というのも理解しやすいでしょうしね。それに、大学に行きたくなったら、高専卒業後に編入という道もあります。若いときの時間を確保するためにも有効なんじゃないかと思います。

私も、当時から高専という制度をきちんと知っていたら・・・と思います。

(五十嵐先生)
そうですね。就職活動もそうですが、自分で決めているつもりでも、実際は示された道の中から選んでいるだけ、というのが普通でしょうから、他にもこういう道もあるよ、と数多く示してあげることが重要なのかもしれませんね。

バイオエコノミーという言葉
本当の持続可能社会とは

五十嵐先生が執筆されたバイオエコノミーに関する記事を拝見しました。
恥ずかしながらバイオエコノミーという言葉を知りませんでしたので、大変勉強になりました。

(五十嵐先生)
どうもありがとうございます。

その記事の中で、「バイオエコノミーという言葉の定義をきちんと知ること、また受け入れることが必要」、「多くの企業・組織・人が知らないうちに何かしらの形でバイオエコノミーに含まれる活動をしていると思うが、それがきちんとバイオエコノミーと紐付けされているかどうかを認識しなければならない」ということを仰っています。ヨーロッパを筆頭に他国に遅れを取っている日本には今後、何が必要だと思われますか?

(五十嵐先生)
日本は、それを考えるには豊かさが足りないんだと思っています。北欧に行くようになってわかったことがあるんですが、やはり、豊かな人、あるいは豊かであることを追求する人でないとそういったことは考えられないということです。サステイナビリティとか持続可能社会という言葉はよく聞かれるようになってきました。現在の人間はエネルギーを使いすぎています。もっと言うと、地球上のエネルギーの収支が合っていないということです。ですから、これを組織の活動方針やスローガンに取り入れるところも増えてきたのは悪いことではありません。一方で、これを免罪符的に使用している感も否めません。すでに事態は、組織の一部が取り組んでいれば良い範囲を超えてしまっているからです。

一方で、すべての人が意識するには、まだ日本の豊かさやそれを追求しようとする意識が足りていません。働き方を含めてです。例えば、あるフィンランド人に「女性のペースに合わせて働こうという意識が日本の社会にあれば、今のような働き方にはなっていないはずだ」と言われてしまいました。彼らの労働時間は日本人のおよそ2/3ですが、収入は1.5倍です。つまり単価は2倍以上ですね。まぁこれは例え話ではありますが、そういう環境があって初めてバイオエコノミーとかサステイナビリティとかにお金や時間をつぎこめるようになるのではないでしょうか。高いものでも、バイオエコノミーに則ったものなら買います、とか。もちろんこれは極端な話で、実際には金銭的な意味の豊かさだけでないのは当然ですが、今の日本はいかにも豊かさが足りていないように思いますし、実際、汲々としていますよね。余裕とか、ゆとりとか、おおらかさとかが感じられませんから。

すごく難しい話ですね。

(五十嵐先生)
はい。でも知ること、意識することから始まりますから。これも宇宙実験をするようになって改めて気付かされたことですが、やっぱり「宇宙船地球号」というのはそのとおりなんですよね。ISS(国際宇宙ステーション)という特殊閉鎖環境の中の生活をきちんと維持することっていうのは、地球を維持していくことのモデルというかミニチュア版だと思うんです。水をどう節約し再生するのか、生命維持環境をどう運用するのかとかを日々、考えているわけですから。

たしかにそうですね。ISSの場合は足りなくなったら地球から持っていくとか、緊急時には地球に逃げ帰るとかできますが、地球からは逃げることもできせんから、より厳しいとも言えそうです。

(五十嵐先生)
そうですね。だからやっぱり、地球か宇宙かという二元論ではなくて、宇宙を通して地球を考えるきっかけにもなっているし、今後はよりそれを意識していかざるをえないと思います。バイオエコノミーを考える上でも、ISSというのはとても良い素材だと言えますね。

インタビュー風景

インタビューを終えて

科学者でありながら、物書きが好きで、キノコや菌類の研究をする一方、地球環境にも思いを馳せる、といったように、五十嵐先生のスケールの大きさがわかるインタビューでした。
どんな興味も役に立たないことはないということがわかり、参考になることが多かったのではないでしょうか。
今後も五十嵐先生のご活躍に期待しましょう!

インタビュー風景

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