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JAXA宇宙飛行士によるISS長期滞在

星出彰彦宇宙飛行士

宇宙飛行士 星出彰彦ヒストリー

国際宇宙ステーション(ISS)第32次/第33次長期滞在クルーとして、今年、自身2度目の宇宙飛行を行う星出彰彦宇宙飛行士。

このコーナーでは星出宇宙飛行士本人の監修のもと、幼少時代から夢の宇宙へ飛び立つまで、そして再度宇宙滞在に向けて厳しい訓練を重ねる現在までを数話にわたり振り返ります。

もくじ

第1話:宇宙を目指すまで

1969年、1歳の誕生日(出典:JAXA)

1969年、1歳の誕生日(出典:JAXA)

 星出宇宙飛行士は、1968年、東京都で生まれました。3歳から7歳までは父親の仕事の都合によりアメリカで過ごし、NASAのケネディ宇宙センターに連れて行ってもらったこともあるそうです。

 日本に帰国してからは「銀河鉄道999」や「宇宙戦艦ヤマト」など、当時SFアニメが全盛期で、星出宇宙飛行士もそれらを見て宇宙に憧れていました。小学4年生のときの作文には「宇宙飛行士になって宇宙に行きたい」と書いたものの、当時はまだ日本人の宇宙飛行士は存在せず、将来の夢も消防士や駅員など、いろいろ変化していたようです。

1983年、米国スミソニアン博物館にて(出典:JAXA)

1983年、米国スミソニアン博物館にて(出典:JAXA)

 中学校と高校は、茨城県の茗溪学園に入学しました。筑波宇宙センターからもほど近い学校で、中学生から親元を離れて寮での生活を送ることになりました。

 水への恐怖心を克服するため小学校から水泳を習っていたこともあり、部活動は水泳部に所属しました。また、ラグビーが男子生徒の校技だったことから、ラグビーを始めました。水泳ができることは後日、宇宙飛行士としての訓練で役に立ちました。

 何かの縁か、在籍していた茗溪学園が筑波宇宙センターの近くにあったこともあり、星出少年も何度か筑波宇宙センターの展示室などを訪れていたそうです。

 そして星出少年が高校生であった1985年、日本の宇宙開発においてターニングポイントとなる出来事が起こりました。毛利宇宙飛行士ら日本人初の宇宙飛行士が誕生したのです。当時は、宇宙飛行士といえばアメリカ人かロシア人などの外国人で、日本人にとってはまったく現実味のない夢のような存在でした。

学校の寮生活時代(出典:JAXA)

茗溪学園での寮生活時代(出典:JAXA)

 さらに、その日本人宇宙飛行士の募集が一度のみではなく、今後も日本人の宇宙飛行士募集が行われる予定があることを知り、これまで単なる憧れだった宇宙を「宇宙飛行士」という職業として意識しはじめたそうです。

 高校2年生の後半からは、宇宙飛行士をはじめ、将来どんな職業に就く場合であっても国際感覚と英語力は重要と考え、海外に出て磨く道を選択しました。United World College(UWC)の選抜試験に合格し、UWCのシンガポール校へ留学しました。

 幼少時に学んだ英語にはそれなりに自信があったようですが、実際留学してみると、授業が理解できなかったり、アクセントの違いやスラングの使用など、世界で使用されている英語の幅の広さに気づき、「これではいけない」と、猛勉強をはじめました。授業についていけるようになるまで毎日遅くまで勉強しましたが、その後はラグビーやアメリカン・フットボールなどのクラブ活動や、学内の雑誌の編集、演劇などにも積極的に参加し、2年間の充実した生活を送りました。

 2年間の留学生活を終え、星出青年は慶應義塾大学理工学部機械工学科に入学しました。理工学部体育会ラグビー部に入部し、ラグビー中心の生活を送っていたようです。4年生になってからは、流体力学の研究を行っている研究室に入りました。

部活仲間と(中央)(出典:JAXA)

大学の部活仲間と(中央)(出典:JAXA)

 星出青年が大学4年生のとき、日本で2度目の宇宙飛行士候補者の募集がありました。宇宙飛行士候補者の募集には「実務経験3年以上」という要件があったため、当時の星出青年は要件を満たしていませんでしたが、熱意を見せるべく宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)の窓口に直談判しに行きました。当然応募は受け入れられませんでしたが、星出青年は宇宙に携わっていきたいという思いから、NASDAへの就職を決めました。

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第2話:NASDAで経験を積む!

1995年、ヒューストンにて(出典:JAXA)

1995年、ヒューストンにて(出典:JAXA)

 1992年、旧宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)に入社した星出職員は、現場での仕事を志望したことから名古屋駐在員事務所勤務となりました。H-IIロケットなどの開発監督業務に従事し、ロケットの部品テストや、組立て後の試験に立ち会うなど、ものづくりに携わりました。

 名古屋駐在員事務所での勤務が2年経過した1994年、筑波宇宙センターにある宇宙飛行士を支援する部署に異動になりました。同じころ、若田宇宙飛行士が宇宙飛行士候補者訓練を終了し、ミッションに向けての訓練を開始することになり、星出職員はヒューストンで若田宇宙飛行士の技術サポートを担当することになりました。

 現在は海外の宇宙飛行士も訓練のためにJAXAを訪れていますが、当時はまだ日本独自の宇宙飛行士訓練は確立されていませんでした。若田宇宙飛行士の訓練を通してJAXAが得た知見が、その後の「きぼう」日本実験棟に関する訓練につながっていくことになります。

 1996年にふたたび宇宙飛行士候補者選抜試験が行われました。窓口で門前払いを受けた前回とは違い、今度は本試験に臨み、なんと最終選考まで残りましたが、惜しくも落選しました(このときは野口聡一宇宙飛行士が選定されました)。しかし、星出職員は、最終選考に残った他の受験者たちに比べ、自分はまだまだ経験不足であることを感じたそうで、不合格を知り、「もっと自分を磨く時間ができた」と思ったそうです。

 その後、宇宙工学についてきちんと勉強したいと留学を希望し、ヒューストン大学大学院の航空宇宙工学の修士課程に進みました。NASDA職員として仕事をしながらの留学で、星出職員は、NASAジョンソン宇宙センター(JSC)で国際的な宇宙飛行士基礎訓練要求の作成や実験装置の人間機械系設計評価支援に携わりながら大学院に通い、1997年に修士号を取得しました。

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第3話:宇宙飛行士候補者選抜試験に合格!!

基礎訓練開始。星出宇宙飛行士候補者の抱負は「ISS計画、ひいては人類の活動領域拡大に貢献できるよう努力したい。」(出典:JAXA) width=

基礎訓練開始。星出宇宙飛行士候補者の抱負は「ISS計画、ひいては人類の活動領域拡大に貢献できるよう努力したい。」(出典:JAXA)

 旧宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)にて星出職員はさまざまな経験を積んでいき、そして次のチャンスが訪れたのは1998年でした。1998年に日本で4度目の宇宙飛行士選抜試験が行われ、星出職員はもちろん試験に再チャレンジしました。そしてこの2度目の受験(応募要件を満たさなかった時を含めると3度目)で、とうとう星出職員はISSに搭乗する日本人宇宙飛行士候補者として、古川聡、山崎(旧姓角野)直子とともに選抜されたのでした。1999年4月から日本人ISS搭乗宇宙飛行士候補者として基礎訓練を開始しました。

 基礎訓練では、ISSに滞在する宇宙飛行士として必要な科学的・技術的知識、技能、語学力、体力などを習得しますが、これが日本で初めて行われた宇宙飛行士候補者の基礎訓練となりました。星出宇宙飛行士候補者は宇宙飛行士になる前にNASDAの職員として国際的な「宇宙飛行士基礎訓練要求」の作成に関わっていたこともあり、訓練を受ける立場からも訓練について改善点など意見を述べ、訓練する側・受ける側が一緒になって日本における訓練をつくりあげていきました。

体力トレーニング

ロボットアームの操作体験

救急救命実習

着衣泳実習

水泳技術実習を無事クリア

ロシアのサバイバル訓練

 水泳技術実習訓練を行った星出宇宙飛行士候補者の感想「服を着て、泳ぐというのは初めての経験です。これは緊急時に何かあったとき、生き残るために本当に大事なことで、初めての体験で面白く、ちょっと疲れましたけど、楽しくやることが出来ました。」

 2年近い基礎訓練の後、計画された基礎訓練項目を全て修了し、2001年1月24日、NASDA本社で行われた宇宙飛行士認定式で、ISS搭乗宇宙飛行士として正式に認定されました。

 認定式に引き続いて行われた記者会見では、「引続き訓練を行いながら国際宇宙ステーション計画に貢献していきたい」と抱負を語りました。

宇宙飛行士認定証を受け取る星出宇宙飛行士

NASDA本社で開かれた記者会見

 宇宙飛行士となった後も、ISSシステムおよび運用についてより深い理解を得るための「アドバンスト訓練」を受けます。約1年間にわたって各国の訓練施設を回って実施される訓練です。

 訓練を受ける傍ら、当時日本が開発中であったISSに取り付けられる「きぼう」日本実験棟の開発・運用に関わる技術業務にも従事しました。

 2003年2月1日にはスペースシャトル「コロンビア号」の事故が発生し、原因究明のためスペースシャトルの飛行計画はすべて中断されましたが、地道に訓練を続け、2004年にソユーズTMA宇宙船のフライトエンジニアの資格を取得、2006年にはNASAのミッションスペシャリスト(搭乗運用技術者:MS)に認定されました。

(断りのない限り、画像の出典はJAXAです)

ISS搭乗宇宙飛行士候補者の基礎訓練とは(1999年当時)
星出、古川、山崎宇宙飛行士候補者の基礎訓練レポート
MS認定時の星出宇宙飛行士のコメント

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第4話:いよいよ宇宙へ!

STS-124クルー(出典:NASA)

STS-124クルー

 星出宇宙飛行士は宇宙飛行士としての訓練を継続しつつ、「きぼう」日本実験棟の開発支援や、ヒューストンの地上管制官の一員として国際宇宙ステーション(ISS)との交信を担当する多忙な日々を続けていました。そしてとうとう2007年3月、NASAはSTS-124ミッションに搭乗する宇宙飛行士7名を発表し、その中に「きぼう」を熟知している宇宙飛行士として、日本から星出宇宙飛行士が選出され、スペースシャトルへの搭乗が決定しました。

 学生時代から、宇宙飛行士への道をまっすぐに歩んできたようなイメージがある星出宇宙飛行士ですが、宇宙飛行士候補者に選抜されてから8年、旧宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)に入社してから15年の歳月が経過していました。

 星出宇宙飛行士が任命されたSTS-124ミッションは、ISSの組立てフライトとしては1Jミッションと呼ばれ、スペースシャトル「ディスカバリー号」に搭乗し、「きぼう」の中心となる船内実験室と、「きぼう」のロボットアームをISSまで運び、ISSへ取り付けて起動を行う重要なミッションでした。これは、「きぼう」を3便に分けて打ち上げ、ISSに取り付けるミッションのうち、土井宇宙飛行士の搭乗に続く2便目のミッションとなりました。

「きぼう」の構成と打上げ順(出典:JAXA)

 星出宇宙飛行士は搭乗決定についての記者会見で「日本の有人宇宙開発の大きなマイルストーンとなる「きぼう」船内実験室の取付け・起動に携わるということで、任務の重大さをひしひしと感じています。1J、そして「きぼう」・ISS計画の成功に向けて、みなさんと一緒にがんばっていきたい」また、「大学の時にしていたラグビーのボールを持って行き、ISSでパスしてみたい。皆さんに宇宙を身近に感じてもらえる宇宙飛行士になりたい」と、抱負を語りました。

「きぼう」の船内実験室の中の様子。「本当にきれいなモジュールです」と自身のブログで紹介(出典:JAXA)

 星出宇宙飛行士および一緒にスペースシャトルに搭乗するクルーは、ミッション固有訓練と呼ばれる、ミッションの内容に特化した訓練を開始しました。スペースシャトルの飛行に関する訓練、「きぼう」をISSのロボットアームで取り付ける訓練、「きぼう」の起動や各クルーの役割確認、各作業のシミュレーション訓練、スペースシャトル/ISSと、地上の管制センターの交信のシミュレーションなどを行いました。

 訓練の間にも星出宇宙飛行士は、日本による宇宙開発を国民に広く知ってもらうため、「星出宇宙飛行士ジャーナル」と冠したブログを開設し、自分の言葉で訓練内容の解説や近況を綴りました。

 スペースシャトル「ディスカバリー号」は、日本時間の2008年6月1日にISSへ向けて出発しました。「きぼう」の船内実験室をISSへ取り付ける飛行4日目の始まりには、星出宇宙飛行士のためのウェイクアップ・コール(スペースシャトルでのミッション中、毎朝かけられる宇宙飛行士のための目覚まし曲。飛行前に各宇宙飛行士が好きな曲を選択する)である「ロボットアームで抱きしめて」が流れました。

「きぼう」船内実験室へのハッチを開ける(飛行5日目)

「きぼう」船内実験室に入室(飛行5日目)

船内実験室へラックの移設作業を行う(飛行5日目)

 仲間のクルーや地上との連携作業で「きぼう」の取付け、および起動作業は見事成功、「きぼう」の入り口にはのれんがかけられ、真新しく、広々とした「きぼう」へクルーが入室しました。「きぼう」のロボットアームも完全展開され、軌道上での保存姿勢に移行されました。また、1Jミッション前に打ち上げられ、土井宇宙飛行士らによりISSに一時的に仮置きされていた船内保管室も「きぼう」の船内実験室の上部に取り付けられ、ミッションは成功しました。

(断りのない限り、第4話の画像の出典はJAXA/NASAです)

星出宇宙飛行士が当時綴っていたブログ「Tsukuba, Station, S/G1"」
1J(STS-124)ミッション中のISSでの活動内容

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第5話 最終回:再び宇宙へ!

 重要なミッションを無事終えることのできた星出宇宙飛行士は、日本や世界各地でのミッション報告を行ったのち、再び宇宙飛行士としての訓練に戻る傍ら、地上から国際宇宙ステーション(ISS)をサポートする仕事にも従事しました。

STS-124(1J)ミッションでの経験を活かして地上からISS建設を支援

 STS-124(1J)ミッションの経験を活かし、ヒューストンの地上管制官の一員としてISSやスペースシャトルとの交信担当(CAPCOM)を担いました。2009年7月のSTS-127(2J/A)ミッションでは、交信担当の代表としてミッションをサポートし、若田宇宙飛行士らの「きぼう」への船外実験プラットフォームの取付けや、船外実験プラットフォームに船外パレットを取り付けるミッションに地上から貢献しました。また、山崎直子宇宙飛行士が搭乗したSTS-131(19A)ミッションでは、スペースシャトルとの交信担当としてミッションをサポートしました。

CAPCOMとしてHTVのISSへの接近をモニタする星出宇宙飛行士(出典:JAXA/NASA)

 日本の宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)の1号機の打上げに向けても、いろいろな形で参加し、「こうのとり」を把持するロボットアーム操作に係わる新たな手順の作成や、ISSとの交信担当としてシミュレーション訓練に参加しました。

 そして、2009年9月、「こうのとり」1号機が打ち上げられました。星出宇宙飛行士は「こうのとり」のISSへの結合時にはNASAのミッション・コントロール・センター(Mission Control Center: MCC)でCAPCOMを務め、「こうのとり」で運んだ船外実験装置の設置作業では、「きぼう」のロボットアーム運用の技術支援を行いました。

ISSでの長期滞在が決定!

ISS長期滞在決定後、会見を行う星出宇宙飛行士

 2009年11月、とうとう星出宇宙飛行士にとって2度目の宇宙滞在が決定しました。2度目は前回のスペースシャトルでの「きぼう」組立てミッションのように短期滞在ではなく、ISSの第32次/第33次長期滞在クルーとして、2012年、ISSに長期滞在することになったのです。

 ISS長期滞在までの約2年半、各国を周りながらISSとの往復飛行で搭乗するソユーズ宇宙船やISS長期滞在のために必要な訓練、予定されている実験の概要や操作、既に学んできた技量を維持向上するための訓練などを行い、長期滞在に備えます。星出宇宙飛行士は、数年ぶりにロシアでの訓練を開始し、ロシアのガガーリン宇宙飛行士訓練センター(Gagarin Cosmonaut Training Center: GCTC)にて、ISSのロシアモジュールや新型のソユーズTMA-M宇宙船に関わる訓練を行いました。

SSATAでEMUのフィットチェックを行う星出宇宙飛行士(出典:JAXA/NASA)

 欧州宇宙機関(ESA)の欧州宇宙飛行士センター(European Astronaut Centre: EAC)での訓練では、欧州補給機(Automated Transfer Vehicle: ATV)と「コロンバス」(欧州実験棟)の運用訓練に加え、ESAの実験装置・ハードウェアに関する操作方法などについて学びました。ATVについては、特に異常時に備えたランデブ/ドッキング訓練を行いました。

 NASAでの訓練では、NASAジョンソン宇宙センター(JSC)において船外活動訓練、NASAの実験の訓練、ISSのロボットアームの操作訓練などを行いました。

「きぼう」での実験について、理解を深める

 2011年の7月と9月には日本に一時帰国し、長期滞在中に「きぼう」で実施予定の各種実験について、軌道上での実験手順や注意点について確認しました。また、「こうのとり」の運用訓練のほか、実物大の訓練施設を使用した「きぼう」エアロックの操作訓練、シミュレータを使用した「きぼう」ロボットアームの操作訓練などを行いました。2012年1月下旬の日本への帰国の際には、記者会見を行ってミッションに向けた現在の訓練状況を報告し、質疑応答では抱負などを語ったほか、自身がISS搭乗中に作業を行う予定の「小型衛星放出技術実証ミッション」の概要や、放出する小型衛星について解説しました。

JAXA PCG実験に関する訓練

「きぼう」ロボットアーム操作の復習

小型衛星放出機構について自らプレスに解説

ミッション開始に備えて

ケーキカットセレモニーに参加する第32次/第33次長期滞在クルー (出典:JAXA/NASA)

JSCにて2012年3月20日に行われた記者会見(出典:JAXA/NASA)

 2011年11月末から12月は、第30次/第31次長期滞在クルーのバックアップクルーとして、代わりに搭乗することになる場合に備え、ソユーズ宇宙船とロシアモジュールの運用についての最終評価試験に臨み、合格しました。第30次/第31次長期滞在クルーのメンバーは予定どおりISSへ向けて飛行したため、星出宇宙飛行士らはバックアップクルーを解任され、現在も第32次/第33次長期滞在に向けて、より実践的な訓練を継続しています。利用の段階を迎えたISSの長期滞在では、日本および国際パートナーの科学実験や小型衛星の放出など、宇宙環境の利用に重点をおいた活動を行うことになります。

 星出宇宙飛行士の活動は、「JAXA宇宙飛行士活動レポート」(毎月1回更新)や「ISS・きぼうウィークリーニュース」、動画の「SPACE@NAVI-Kibo WEEKLY NEWS」などで随時お伝えしていきますので、ぜひご覧のうえ、引き続き星出宇宙飛行士への応援をよろしくお願いします。

JAXA宇宙飛行士活動レポート
ISS・きぼうウィークリーニュース
SPACE@NAVI-Kibo WEEKLY NEWS

(断りのない限り、第5話の画像の出典はJAXAです)

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