サイトマップ

宇宙ステーション・きぼう 広報・情報センター
宇宙ステーション・きぼう 広報・情報センタートップページ
  • Menu01
  • Menu02
  • Menu03
  • Menu04
  • Menu05
  • Menu06
  • Menu07

国際宇宙ステーションへのクルー交代/ソユーズ宇宙船交換ミッション

クルー

最終更新日:2013年10月25日

第38次/第39次長期滞在クルー

ミハイル・チューリン(Mikhail Tyurin)

写真:ミハイル・チューリン

ソユーズコマンダー/ISSフライトエンジニア

1960年、モスクワ生まれ。
RSCエネルギア社での宇宙船の技術者を経て、1993年に宇宙飛行士に選抜され、訓練を開始。
2001年に第3次長期滞在クルーとして128日間滞在(STS-105/STS-108に搭乗)。2006年に第14次長期滞在クルー(13S/14Sに搭乗)として、215日間滞在した。この2回の飛行の宇宙滞在期間は計344日間で、船外活動も5回経験している。
今回が3回目の飛行で、ISS滞在も3回目となる。

リチャード・マストラキオ(Richard Mastracchio)

写真:リチャード・マストラキオ

ISSフライトエンジニア

1960年、コネティカット州生まれ。
ロックウエル社のシャトル運用部門に入り、1990年にNASAジョンソン宇宙センターの職員となり、スペースシャトルの飛行ソフトウエアの検証や手順書の作成に携わった。1993年から1996年まで、スペースシャトルの打上げ/帰還時のフライトコントローラーを務めた。
1996年4月に宇宙飛行士として選抜され、2000年9月のSTS-106(2A.2b)ミッションで初飛行。2007年のSTS-118(13A.1)ミッションでは3回のEVAを担当。2010年のSTS-131(19A)では山崎宇宙飛行士と共に飛行。
今回が4回目の飛行で、ISS滞在は初めてとなる。

若田光一(Koichi Wakata)

写真:若田光一

ISSフライトエンジニア(第38次長期滞在)/ISSコマンダー(第39次長期滞在)

1963年 埼玉県生まれ。
1987年 九州大学工学部航空工学科卒業。
1989年 日本航空(株)入社。
1992年 NASDA(現JAXA)が募集した宇宙飛行士候補に選ばれる。
1993年 NASAよりミッションスペシャリスト(搭乗運用技術者:MS)として認定。
1996年 STS-72ミッションに日本人初のMSとして搭乗。
1997年 STS-85における「きぼう」搭載ロボティクス開発のためのNASDAマニピュレータ飛行実証試験ペイロード運用を支援。
1999年 NASDA技術試験衛星VII型(きく7号/おりひめ・ひこぼし)のロボットアーム遠隔操作実験に参加。
2000年 STS-92ミッションにMSとして搭乗し、日本人として初めてISS建設に参加。
2001年 ISS長期滞在のためのアドバンスト訓練開始。
2006年 米国フロリダ州沖にある米国海洋大気圏局(NOAA)の海底研究施設「アクエリアス」における7日間に渡る第10回NASA極限環境ミッション運用(NEEMO)のコマンダーを担当。
2006年 ロシアでのソユーズ宇宙船フライトエンジニア訓練終了。
2009年 STS-119ミッションにMSとして搭乗。S6トラスのISSへの取り付けおよび船外活動支援のためのロボティクス操作等を担当。
2009年3~7月 日本人として初めてISS長期滞在ミッションを実施。第18/第19/第20次ISS長期滞在クルーのフライトエンジニア、JAXA科学実験担当官、STS-119およびSTS-127ミッションスペシャリストを担当。ソユーズTMA-14での軌道上飛行を実施。7月には、「きぼう」日本実験棟の最後の組立ミッションである2J/A(STS-127)ミッションで「きぼう」船外実験プラットフォームを取り付け、「きぼう」を完成。約4ヶ月半の宇宙滞在を完了し、帰還。
2010年 NASA宇宙飛行士室ISS運用ブランチチーフ就任。
2011年 ISS第38次/第39次長期滞在クルーに任命される。
2013年 ISS第38次/第39次長期滞在クルーとしてISSに滞在予定。
第38次長期滞在ではフライトエンジニアを、第39次長期滞在ではコマンダーを務める。


(写真は全て出典:JAXA/NASA)

Copyright 2007 Japan Aerospace Exploration Agency SNS運用方針 | サイトポリシー・利用規約