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コラム ―宇宙開発の現場から―

コラム―宇宙開発の現場から―
【紀さんの宇宙あれこれ】 Vol.3 ソユーズとソユーズ(1)
2011年7月21日18時57分(日本時間)スペースシャトル「アトランティス号」がその任務を終えケネディスペースセンターへ無事帰還し、スペースシャトル30年のプログラムが終了しました。人類の有人宇宙飛行の歴史の中で、飛行機のように翼を持った本格的な宇宙往還機は、しばらくは存在しなくなるのでしょう。もし本物のスペースシャトルオービターをご覧になりたい方は、次の3か所で、実物が一般公開されるそうですから、何かの機会があれば会いに行かれては如何でしょうか。
・「ディスカバリー号」はスミソニアン国立航空宇宙博物館の別館にあたる
 バージニア州のスティーブン F. ウドヴァーヘイジー・センター
・「エンデバー号」はロサンゼルスのカリフォルニア科学センター
・「アトランティス号」はフロリダのケネディ宇宙センタービジターズコンプレックス

さて、現実に今後国際宇宙ステーション(ISS)へ行く手段は、ロシアのソユーズ宇宙船になるので、今回はそのソユーズ宇宙船関連のお話をしたいと思います。そうそう初めにタイトルの「ソユーズとソユーズ」の説明ですが、実は、ロシアにはソユーズ(Soyuz)という名の宇宙船とロケットがあるので、「ソユーズ宇宙船とソユーズロケット」の意味です。
簡単に「ソユーズが人工衛星を打ち上げた。」と言ったら、これはロケットの方だなということになります。また「3人の宇宙飛行士を乗せたソユーズは、予定通りISSへ打上げ後、3日目にドッキングした。」ならば宇宙船となります。
では、まずソユーズ宇宙船から始めましょう。

国際宇宙スレーション(ISS)へドッキングしている古川宇宙飛行士が搭乗したソユーズTMA-02M宇宙船
ソユーズ宇宙船は、1961年4月12日人類初の有人宇宙飛行をしたユ-リ・ガガーリンが乗った一人用ボストーク宇宙船が原型です。これを改良したのが2-3人乗りのボスホート宇宙船で、ボスホート2号は1965年に2人の宇宙飛行士を乗せて打上げられ、アレクセイ・レオーノフが世界初の船外活動(宇宙遊泳)を行いました。そして、この時期に旧ソ連の有人月飛行計画のために開発されていたのがソユーズ宇宙船です。
月飛行を目指して造られたソユーズ宇宙船ですが、旧ソ連が有人月飛行計画を中止した後は、主に地球を周回する軌道用に改修され、運用されるようになりました。
しかし、初期段階では、1967年打上げられたソユーズ1号では、回収時パラシュートが開傘せず1名が、1971年のソユーズ11号では初の旧ソ連宇宙ステーション「サリュート1号」とドッキングに成功後、帰還中に気密漏れで3名が死亡するという事故を含めてトラブルが続きました。その後何回にもわたる設計変更で改良が進められ、様々なバリエーションを経て今では安全性が非常に高い宇宙船になっているわけです。簡単にその歴史を振り返ってみましょう。
ソユーズ11号の事故の約2年3ヵ月後に改良されたソユーズ12号が打上げられました。

アポロ18号とソユーズ19号の共同飛行想像図。米国3人と旧ソ連2人(一人は初の宇宙遊泳したレオノーフ)の宇宙飛行士が、高度222kmでドッキングし、米ソ初の宇宙共同作業を成功裏に実施した
そして、米ソの冷戦がまだ続く中、1975年ソユーズ19号とアポロ18号がドッキングし、歴史的なアポロ・ソユーズ共同飛行が実現し、両国の宇宙飛行士が互いの宇宙船を訪れ、共同実験などを行いました。当時このニュースは大変なサプライズとして受け取られました。この2人乗りタイプのソユーズ宇宙船は宇宙ステーション「サリュート」への往復に40号(1981年)まで使われました。
この2人乗りタイプのソユーズ宇宙船は宇宙ステーション「サリュート」への往復に40号(1981年)まで使われました。
その終わりの頃1979年には3人乗りに改良されたソユーズTが登場しました。この宇宙船は「サリュート」へドッキングする目的のためでしたが、1983年ソユーズT-10Aの打上げ準備中ロケットが爆発し、緊急脱出用ロケットで離脱する事故や、1985年ソユーズT-14では、機長が病気でミッションを中断して帰還したこともありました。シリーズ最後のソユーズT-15は、1986年2月スペースシャトルチャレンジャー事故直後に打上げられた宇宙ステーション「ミール」に初めてドッキングしました。
ソユーズTの改良型のソユーズ-TMシリーズは「ミール」、1994年12月にロシアもISS計画へ参加することになった以降は、ISSへの宇宙飛行士の往復や、6ヶ月間ISSに係留していて緊急避難用にも使われています。この間1990年ソユーズTM-11で、当時TBS記者だった秋山豊寛さんが日本人初の宇宙飛行を行いました。
そして、現在の最新のソユーズ宇宙船はソユーズTMA-Mで、古川宇宙飛行士がその2番目のソユーズTMA-02Mで、2011年6月8日ISSへ飛び立った訳です。

結合前のソユーズTMA-02M宇宙船とノーズフェアリング(白い部分)
打上げ5日前のソユーズTMA-02Mを最終点検する古川宇宙飛行士
古川宇宙飛行士を打上げたソユーズロケット(ソユーズ-FG)の2段とソユーズTMA-02M宇宙船が収納されているノーズフェアリング(白い部分)。 その上は緊急脱出用のロケットが付いているタワー
一口にソユーズ宇宙船と言っても、「ソユーズ」、「ソユーズT」,「ソユーズ-TM」、「ソユーズTMA-M」等に加え、軍事用ソユーズなどがあります。
これらソユーズ宇宙船シリーズは、打上げロケットが基本的に変わっていないこともあり外観寸法はほとんど同じで、内部の性能・機能アップ、信頼性や安全性の向上へ改良が重ねられてきています。
基本的なソユーズ宇宙船の構成は3つの部分からなっていて、ソユーズTMA を例にとると、発射時の状態で、上から「軌道モジュール」(軌道上で宇宙飛行士が生活をするところ:高さ2.6m、直径2.2m、重さ1.3トン)、「帰還モジュール(打上げ時と帰還時に宇宙飛行士が宇宙服を着て乗り組んでいるところ:高さ2.1、直径2.2m、重さ2.9トン)」そして「機器・推進モジュール(電子機器、推進系があり、外側には太陽電池パネルが展開されるところ:高さ2.5m、直径2.7m、重さ1.6トン)」です。
ISSへドッキングしているプログレスM-05M貨物船
また、有人宇宙活動へ欠かせない、物資を運ぶ無人宇宙船「プログレス」は、「ソユーズ宇宙船」の兄弟のようなもので外観もよく似ています。違いは無人で使い捨てなので、生命維持装置や帰還時の耐熱シールドが必要なく、各モジュールの分離機能もいらないので、軽量化がソユーズより実現されています。
さらに、ソユーズ宇宙船用に開発した技術が生かされており、呼称も「プログレス」、「プログレスM」、プログレスM1」「プログレスM-M」と変わって、改良が重ねられています。

なお、中国の有人宇宙船「神舟」は開発初期にロシアの支援を受け、ソユーズ宇宙船をベースとしているので、構造は非常に似ています。大きな違いは軌道モジュールにも小型の太陽電池パドルが付いており、帰還モジュールが地球へ戻った後でも地球を周回し、無人の長期宇宙実験が出来る機能を持っていることです。
さて、ソユーズ宇宙船だけでだいぶ長くなってしまったので、ソユーズロケットについては、次回にお話しすることにしたいと思います。(続)
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