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コラム ―宇宙開発の現場から―

コラム―宇宙開発の現場から―
【紀さんの宇宙あれこれ】 Vol.2 さようならスペースシャトル
珍しいスペースシャトルの出会いの2ショット(1990年8月9日)。右が今回ファイナルフライトするアトランティス号、左が事故にあったコロンビア号
前回に続いてスペースシャトルのお話をしたいと思います。現在7月8日打上に向けて、最終フライトを担うアトランティス号がケネディスペースセンターで最終準備作業中です。

スペースシャトルはフロリダ半島にある広大なイースタン・テスト・レンジ(ETR)の一部をNASAが使用しているケネディスペースセンター(KSC)から打ち上がられると、「こちらヒューストン」で有名なテキサス州ヒューストンのジョンソン宇宙センター(JSC)へ運用管制がバトンタッチされます。ついでながら、スペースシャトルや、国際宇宙ステーション(ISS)のクルーの生活時間はグリニッジ世界標準時が採用されています。
さて、スペースシャトルがミッションを終え、地球に帰る頃になると問題になるのは帰還基地の天候です。正確にいえば地上へ戻ってくるのはオービターだけですが。打ち上げ時にトータル約3千トンの推進力を出す推進系のうち、2本の固体燃料補助ロケット(SRB)2本は海上回収され、点検・整備後再使用されます。燃料の液体水素、酸化剤の液体酸素用のタンクはオービターから分離後大気中で燃え尽きます。
横道にそれましたが、悪天候が1日か2日なら打上げたケネディスペースセンターの天候回復を待ちます。しかし見込みがないと、軌道上での宇宙飛行士の生活を支える物資が無くなってきますので、代替着陸基地へ降りることなります。普通はカルフォルニア州ロスアンゼルス北方にあるエドワーズ空軍基地です。このようなケースでは、無事に地球に帰還するのが最優先させる訳ですが、関係者の移動、機材の準備、特別に改修されたジャンボジェットの上にオービターを乗せてケネディスペースセンターまで空輸する等の費用がかかります。これまでの134回の飛行で、KSCへ103回、エドワーズ空軍基地へ30回、ホワイトサンズへ1回になっています。
旧ソ連のスペースシャトル、外観は似ているがオービター「ブラン」にはエンジンは無く打上げロケット「エネルギア」に付いている。
そもそも、スペースシャトルは、アメリカがポストアポロ計画として、以前から検討がされており、1972年に当時のニクソン大統領の時に開発がゴーになった計画です。当初構想に比べ設計変更もありましたが、1981年コロンビア号が初飛行しました。
この時代は、人類が初めてアポロ11号で月に着陸した1969年に、ジャンボジェットや超音速旅客機コンコルドが初飛行したという航空機産業の技術背景へも思いを馳せていただきたいと思います。
実は、アメリカと並ぶ宇宙大国の旧ソ連でも、同じように宇宙往還機オービター「ブラン」と打上げ用大型ロケット「エネルギア」の開発が行われており、1998年試験飛行されましたが、予算不足の中、1991年の旧ソ連崩壊と共にこの計画は消滅しました。

チャレンジャー号爆発の直後の画像。
当時、有人宇宙ステーション(今のISSの原型)構想もあったのですが、アメリカといえども巨大プロジェクトを二つは同時推進出来ず、先ずスペースシャトル計画が優先されました。
スペースシャトルは、使い捨てでなく再使用できることで安い打ち上げコストへ繋がるメリットが謳われ、初期には人工衛星の打ち上げ、回収も行われました。しかしエンジントラブルや耐熱タイル損傷、水素ガス漏れなどの技術的トラブルで打ち上げスケジュールが遅れがちの状況の中、1986年1月28日レーガン大統領の年頭教書発表当日の朝、打上げ段階でチャレンジャー事故が起きました。

コロンビア号の回収された機体破片の復元作業。
当然ながら、安全優先の対策、NASAの体制の見直し、特に宇宙飛行士の意見が重視され、国をあげて対応が取られました。
この時期、我が国は、初の宇宙実験「第1次材料実験」(FMPT:後に「ふわっと‘92」、毛利宇宙飛行士が初飛行)を開発中で、一時は打ち上げ時期が不定になり、宇宙ステーション計画はやっと予備設計の段階で先行きに不透明感が歪めませんでした。32ヶ月後に再開されたスペースシャトルは安全対策のためなどで、運用コストが上昇する中で、ハッブル宇宙望遠鏡の打ち上げと有人ゆえに出来る修理ミッション、種々の宇宙環境利用実験、人工衛星の回収、また1998年からISS計画が始まるとその組立が主業務になりました。
そして、ISSの組立てが佳境に入ってきた矢先、残念なことに2003年2月コロンビア号が帰還途中に事故が起きてしまいました。

最初で最後のスペースシャトルエンデバー号とISSドッキング中の2ショット。帰還中のソユーズから2011年5月23日撮影。
再度宇宙飛行士を失うという悲劇を乗り越え、2005年7月リターン・トゥ・フライトが行われました。その後日本宇宙実験棟「きぼう」も3回のフライトで完成しました。
初飛行から30年間、全部で135回の飛行の中、オービター5機の内2機と宇宙飛行士14名の命を失ったという現実を含め、いろいろなことがありました。日本人宇宙飛行士を7人、延べ12回宇宙へ運び、実用になった人類初の宇宙往還機であることは事実であり、世界中の人々へ宇宙を身近にしてくれたのは大きな功績だと思います。その技術的のみならず歴史的な評価は後世へ委ねるとして、今回のアトランティスのファイナルフライトでシャトルによるISS組立てが完了し、スペースシャトル時代が終わります。

NASAのスペースシャトルプログラム完了記念パッチコンテストで優勝した作品
しばらくは、人間が宇宙へ行ける輸送手段はロシアのソユーズ宇宙船と中国の神舟ですが、次回はソユーズ宇宙船関連のお話をしたいと思います。(続)

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